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障害学会第13回大会(2016年度)報告要旨


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桐原 尚之 (きりはら ひさゆき) 立命館大学大学院先端総合学術研究科博士後期課程・日本学術振興会特別研究員

■報告題目

精神障害による辛さの社会モデル

■報告キーワード

精神障害,解消可能性,脱価値化

■報告要旨

 本報告は、星加良司(2007)の『障害とは何か』で示された枠組みが精神障害者の問題を論じるにあたって不十分な点を明らかにすることを目的とする。精神障害者の問題を抽出する方法は、精神障害者の社会運動の記録を用いておこなう。
 障害学は、長瀬修によると「個人のインペアメント(損傷)の治療を至上命題とする医療、『障害者すなわち障害者福祉の対象』という枠組みからの脱却を目指す試み」と位置付けられている(1999: 11)。
 立岩真也(2002)が指摘しているように、障害者の運動は、治して自力でできるようにすることに懐疑的、否定的であり、補って他力でできるようにすることに肯定的であった。これによって「個人を治療して自力でできないことを自力でできるようにする」ことを批判的に見直し、「他人が補うことで自力でできないことを他力でできるようにすること」への道を開いた。しかし、精神障害者の有する機能障害に伴う辛さは誰が一体どうやって補うことができるのだろうか。あるいは、従来の精神医学的治療は精神障害者に対してどのような変更を与えるための介入であり、障害学はいかなる批判を加えうるのだろうか。このことは、精神障害者が何を求めた運動であったのかを明らかにする際に、既存の障害学の枠組みでは捉えられない問題があることを示している。
 障害者権利条約では、「障害」を発展的な概念であるとしており、もとより複数性のある実態を「障害」という言語を与えることで障害問題という位置を与えることを可能としてきた。そのため、ある障害問題とある障害問題との関係には親和性が認められるが、ある障害問題とある障害問題との関係には親和性が認められず、社会モデル理論形成に困難を生じさせる場面を作り出してきた。天田城介と立岩真也(2011)は、障害の複数性を一枚岩的に論じることよりも障害問題の複数性を分解的に論じることで、それぞれの問題を丁寧に記述することの必要性を指摘している。精神障害者の立場から医学モデルに批判を加えていくためには、既存の障害学の枠組みを見直し、精神障害者の問題を捉えることを可能としておく必要がある。
 精神障害者の有する辛さは、補うことも、現時点ではほとんど治すこともできない。このことは補うことが可能か、不可能かという二元論で論じるべきものではなく、そもそも「治す/補う」枠組みの前提条件が、目的をもった個人が何かを達成する際に生じる障壁を問題としたもの、という場面に限定されていることが問題であった。星加(2007: 121-122)はディスアビリティ問題を不利益集中の問題と定義しており、不利益については「社会的価値」「個体的条件」「利用可能な社会資源」「個人的働きかけ」の相互作用によって生じるものと説明されている。この考え方は、目的をもった個人が何かを達成する際に生じる障壁を問題としたものである。「辛さ」のように人間の内心にとどまり続けるものの場合は、何かしらの目的達成を意図したできる/できない、という場面とは異なるものである。精神障害者の社会運動は、仲間との語り合いや互助を通じて、自らの「辛さ」の意味を再定義し、受容し直すことによって当たり前とされてきた社会の価値規範から自らが離れようとする運動であった。そのため、目的をもった個人が何かを達成する際に生じる障壁をメインの問題とはしておらず、星加(2007)のディスアビリティ理論とは異なる前提条件の問題に対しての取り組みであることがわかった。
 なお、本報告は所属研究機関から倫理教育を受けており、研究倫理を遵守したものである。

文献
星加良司,2007,『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』生活書院.
長瀬修,1999,「障害学に向けて」石川准・長瀬修編『障害学への招待』明石書店.
立岩真也,2002,「ないにこしたことはない、か・1」石川准・倉本智明(編)『障害学の主張』明石書店.
立岩真也・天田城介,2011,「生存の技法/生存学の技法――障害と社会、その彼我の現代史・1」『生存学』生活書院,3: 6-90.



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