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障害学会第12回大会(2015年度)報告要旨


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藤原 良太 (ふじわら りょうた) 立命館大学生存学研究センター

■報告題目

就学運動における責任と障害学の課題──東京都多摩市「たこの木クラブ」の活動から

■報告キーワード

就学運動 / 関係 / 責任

■報告要旨

 本報告は就学運動における議論や実践を振り返ることで、障害学における課題を提示することを目的とする。

 障害学においては、「健常者」と「障害者」が互いにいかなる関係を築きうるかが模索されてきたともいえるだろう(山下 2008; 定藤 2011; 安積ほか 1990(=2012), 深田 2013)。

 そこで就学運動が取り上げられることはほとんどなかったのだが、就学運動を担った人物たちは、今まで「障害者」と出会うことなく育ってきたが故に「障害者」と関わるときに戸惑う自己が在ることを知っていた。「障害児」/「健常児」という分断線が引かれることで「子どもたち」が自らと同じ過程を辿らないためにその人物たちが講じてきた手立てを本報告では就学運動と呼ぶ。

 本報告得で取り上げるのは、東京都多摩市において就学運動を担ってきた任意団体「たこの木クラブ」の活動である。

 筆者は2013年8月21日に代表である岩橋誠治にインタビューを行っている。その内容を本報告で用いるが、インタビュー実施の前に研究において使用することを説明し、許可を得たうえで録音・文字起こした後、その内容を用いた提出前の本稿の確認を岩橋に依頼し、掲載の許可を得ている。

 本報告はたこの木クラブの機関紙『たこの木通信』も資料として用いる。本報告において対象としたのは、『たこの木通信 準備号』が発行された1987年9月から5年間ほどの期間である。また、『たこの木通信』の中に登場する、たこの木クラブに関わった岩橋以外の人物名は本稿における登場順にアルファベットをAから順にあて修正している。

 この時期を対象とするのは、「分けない」場として設定された場において、現実には「分け」られてしまう様々な社会的な状況が明らかになった時期であるためである。担い手たちは、「子どもたちを分ける」社会を構成している一部として自己を位置づけ、自己批判していくが、個人が責任を引き受けるだけでは課題が達成されることはなく、他者にも課題・責任を引き受けさせていく。

 立岩真也が指摘しているように、社会モデルは、「障害」の「原因」ではなく「責任」が社会の側にあるとした点で画期的だった(立岩 2002: 69-71)。

 就学運動もまた、「子どもたちを分けない」責任を社会の側にあるとしてきた。しかし誰が、どのような責任を、どの程度負うことになるのか、といったことが試行錯誤された。

 社会モデルが想定しているのは生存についての責任であり、その責任の引き受け方は、介助の供給主体となることや、財の分配をすることである。「誰もがそこそこつつがなく暮らせる社会」を想定し(石川 2004: 243-4)、多くあるところから少なくしかないところへ、持つ者から持たざる者へという分配が要求される。

 これに対し就学運動の担い手たちが引き受けたのは、いうなれば「関係」についての責任である。「関係」は生存の一部であるが、そのための手段ではなく目的それ自体でもある。ある人が望む関係のあり方を他者も望むとは限らないため、明確な到達点を設定することは困難である。

 障害者運動の命題は、「優生思想の否定」、「脱施設・脱家族」といった言葉に表れているように、対抗言説として整理できる.
 
 就学運動における「関係」もまた、「健常児」と「障害児」を「分け」た上で、「健常児」と「障害児」の望ましい関係のあり方を主張する「発達保障派」への対抗言説として位置づけることも可能であろう。

 さらに、「分ける」ものの否定を通して語られる「関係」は結局何であるのかという問いに対し、到達点を設定し得ないことを踏まえ、子どもたちや親や教師、介助者といった複数主体間の絶えざる相互行為によってその都度再編されていくものであり、常に未決定なものであると応えることも可能だろう。

 しかしそのような論じ方をしても、結局のところ「関係」は宙吊り状態である。「誰もがそこそこつつがなく暮らせる社会」において大切なものとして「関係」を位置づけようとしても、社会モデルは「関係」について言い淀んでしまう。これは障害学において就学運動が主題的に取り上げられてこなかった理由の一つであり、「健常者」と「障害者」の関係問題を検討するうえで重要な課題であると考える。

*文献
安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也、1990(=2012)、『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 [第3版]』生活書院。
深田耕一郎、2013、『福祉と贈与――全身性障害者・新田勲と介護者たち』生活書院。
石川准、2004、『見えないものと見えるもの――社交とアシストの障害学』医学書院。
定藤邦子、2011、『関西障害者運動の現代史――大阪青い芝の会を中心に』生活書院。
立岩真也、2002、「ないにこしたことはない,か・1」石川准・倉本智明編『障害学の主張』明石書店、47-87。
山下幸子、2008、『「健常」であることを見つめる――1970年代障害当事者/健全者運動から』生活書院。



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