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障害学会第12回大会(2015年度)報告要旨


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塙 幸枝 (ばん ゆきえ) 国際基督教大学大学院 / 日本学術振興会

■報告題目

なぜ『バリバラ』は笑えないのか──テレビメディアにおける障害者と笑いの表象

■報告キーワード

笑い / 障害者表象 / テレビメディア

■報告要旨

 メディア表象の水準において、しばしば障害者は、笑いという営み(あるいは、お笑いやコメディというジャンル)から排除されてしまう傾向にあった。とくにテレビメディアにおいては、障害者が同情や憐みの対象として描かれることはあっても、笑いの発信者(単に笑いの対象となるのではなく、笑いを主体的に提起し、人々を笑わせる存在)として位置づけられることは稀であったともいえる。

 このような状況のなかで、NHKで放送されている番組『バリバラ(バリアフリー・バラエティ)』には、従来とは異なる障害者像を提示しようとする企図が認められる。とくに『バリバラ』が画期的な試みであるとされてきたのは、笑いを用いながら障害者をとりまく様々な問題を描こうとしてきた点にある。そこでは、障害者に対して無関心な社会を笑うことによって、ある種の批判性が表明されると同時に、過去の歴史において「健常者/障害者」のあいだに設定されていた「笑う者/笑われる者(あるいは笑いを受容する者)」というステレオタイプ化された構図の逆転、あるいは「健常者から障害者へ」という情報フローの逆転が企図されている。

 しかし上記の意義は認めつつも、それとは別の水準で1つの疑問――すなわち『バリバラ』が提起する笑いは、すべての視聴者にとって本当におもしろいのか、という疑問――が浮上してくる。当該番組では笑いを許容するフレーム(「ここは笑ってよいところですよ」という様々な合図)が用意されているにもかかわらず笑えない、あるいはだからこそ、おもしろくないのに笑わなければならない気持ちになるのは、いったいなぜなのだろうか。さらにいえば、とりわけ「健常者の視聴者」が『バリバラ』の提起する笑いの共同体から締め出されてしまうのはなぜなのだろうか。

 本研究の目的は、なぜ『バリバラ』は笑えない(可能性がある)のか、という問いを出発点としながら、当該番組における障害者と笑いの表象が暗に想定する障害受容について批判的な検討をくわえることにある。とくに本研究では、当該番組がどのようなテレビ史的状況におかれているのかという点に着目しながら考察をおこなう。なお、その際に有効な視座を与えてくれるのは、ウンベルト・エーコが提起する「パレオTV/ネオTV」の概念である。彼によれば、テレビをめぐる状況は昨今、ネオTV(表象の外部、現実の世界を映し出すものとしてのテレビ)からパレオTV(外部世界との関係性を奪われたテレビ)へと移行してきたという(エーコ,2008)。たしかにこのネオTV的な状況は、「お約束」や「テレビをパロディするテレビ」といった自己言及性・メタ性に支えられた今日のバラエティ番組にも該当するといえる。

 これを踏まえて『バリバラ』について考えてみると、それは形式面では、ネオTV的な昨今のバラエティ番組をシミュレートしながらも、内容面では、現実社会を参照項とした告発や改善を企図したパレオTV的な側面が認められる。この「ネオTVを装ったパレオTV」というアンヴィヴァレントな状況は、「健常者の視聴者」と「障害者の視聴者」の双方に対して違和感のない番組受容を同時に可能にするための方略であるともいえる。ただし、そこでのネオTV性があくまでもレトリカルな水準での装いであり、多くの「健常者の視聴者」を取り込む装置として機能しえない背景には、いくつかの要因――「障害者が自らの障害について語る笑い」が一般的な視聴者に馴染みのある「メタ・コミュニケーション」としての笑いとは一線を画すものである点、また「健常者の視聴者」が一方では障害者への同一化・共感を求められつつ、他方では笑いや批判の対象として位置づけられる点など――が考えられる。このような状況は、「一緒に笑って、一緒に考える」(NHK『バリバラ』,2015)という番組の趣旨とは裏腹に、そもそも「健常者」と「障害者」が同じ水準でテレビを視聴する、あるいは、それにもとづいて笑いを共有することの困難性を浮き彫りにしているのではないだろうか。

引用文献
エーコ,U.(2008)「失われた透明性」西兼志訳、水島久光・西兼志『窓あるいは鏡:ネオTV的日常生活批判』慶応義塾大学出版会、1-22。
NHKバリバラ「バリバラとは」http://www.nhk.or.jp/baribara/about/index.html(2015/07/14)。

倫理的配慮:
 本研究は文献調査とテクスト分析を主とした研究になる。先行研究の知見を引用・参照する際には、必ず原典を確認し、引用・参照元の文献情報を明示する。また面接調査やインタビュー調査が必要となった場合には(1)個人情報等の保護(事前に研究内容やその使用に関して同意を得る、録音/録画については承諾を得る、本人の氏名やプライバシーを保護する)、(2)研究対象者の募集・選択における任意性の確保(本研究への参加が自由意思にもとづくものであることを明示する)に配慮し、研究をおこなう。なお、上記については国際基督教大学の研究倫理委員会の承認を取る。



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