愛知の/から障害者運動を考える 渡辺克典 立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェロー (グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点/生存学研究センター所属) かつて障害者運動は他の社会運動と比較して「障害者運動という、規模や影響力の点でややもするとマイナーであるととられる運動」(石川,1990:281)とも考えられてきました。しかしその一方で、障害者権利条約の採択(2006年)といった国際的な活動や、「障がい者制度改革推進会議室」への参画など、障害当事者を中心とした活動は現在においてさかんになされ、障害者運動をめぐる研究も数多くの蓄積を残しています。 このシンポジウムは、こういった障害者運動をめぐる研究に対して「寄与」をすることを目指しています。ここで「寄与」と述べるものには、少なくとも2つのことがあると考えられます。 第1に、タイトルに「愛知」と名付けられていることからもわかるように、障害者運動の歴史における「愛知」の位置を再確認することが挙げられます。障害者運動には長年の歴史がありますが(杉本,2008)、戦後、とくに1960年代後半以降にメディアを通して有名にもなった「青い芝の会」神奈川県連合会を発端とした活動(立岩,1995;荒川・鈴木,1997;田中,2005;渡邉,2011)があります。そして、現在では「関西」における障害者運動に対して研究がすすめられてきました(山下,2008;定籐,2011、ノンフィクション作品ではあるが、角岡,2010)。こういった障害者運動の歴史に対して「愛知」という視点から厚みを加えること、これが寄与のひとつの側面です(愛知における同時代史として、宮田,1996などもある)。 第2に、日本の福祉政治における中央-地方関係と、「労働」関連への着目があります。まず、中央-地方関係から整理してみたいと思います。多くのところで語られているように、1960年代から70年代に移行する日本社会において、福祉をめぐる制度の改革・見直しがすすめられていきます(新川,2005;宮本,2008;武川,2009など)。愛知においては、公害問題、具体的には名古屋市南部を中心とした名古屋港の臨海工業地帯の公害、交通公害(高速道路問題)などを背景として、名古屋市に「革新自治体」が成立しました。これが1973年のことです。「社会」の見直しがすすめられていく1960年代後半から70年代は、本日お話しいただく三団体の活動が芽生え始めた時期にもあたります。 日本において、1950年代後半から1960年代にかけて「最低限度の生活」保障への取り組み(医療保険・年金など)がおこなわれています。そういった中で社会問題化されていく公害問題は、産業化・高度経済成長への警告として受けとめられ、環境や福祉を焦点として政治・社会のあり方が問われていくことになります。そのひとつの表出としてあらわれたのが、名古屋市における「革新自治体」でした。1970年代前半の国政選挙(71年参議院選挙・72年衆議院選挙)において、与党自民党は議席数を減らしながらも第一党は死守します。このような全国=国家レベルにおける変革の趨勢に対して、より先鋭的な「期待」として地域(ローカル)レベルであらわれたのが「革新自治体」であるといえます(cf. Tarrow et al., 1978)。1973年から3期12年名古屋市長をつとめた本山政雄市長は、環境政策のほか、福祉・教育に重点をおいた「本山市政」とよばれる政策をすすめていきました(回顧録として、本山,1999;愛知の労働運動との関連として、成瀬,1988)。三団体の活動の萌芽期は、歴史的な背景として社会運動を促進する「政治的機会」(McAdam, 1999; Tarrow, 1998)があった時期でもありました。以上のように、福祉政治における中央-地方関係から「愛知」の障害者運動について考えてみることもできるかと思います。 最後に、「労働」については、「現在」にいかに目を向けるかといった点と関連します。本日お話しいただく三団体には、名古屋市という地域性、活動の萌芽期とともに、現在においても活発な活動をつづけている共通点があります。このような特徴をめぐって、さまざまな事柄が考えられますが、このシンポジウムではそのひとつとして「労働」に焦点をあてています。現代の資本主義・福祉制度について、グローバルな「労働」をめぐる変化として、「1968」以降の労働形態のフレキシブル化(Bolantaski and Chiapello, 1999;それがもたらす影響に関する分析として、樫村,2007,2009)や労使関係の衰退(Rosanvallon, 1995;「運動」に関するとくに思想的な研究として、大嶽,2007)などが議論されています。このシンポジウムは、「愛知の障害者運動」のなかで長年にわたって取り組まれてきた「労働」への実践を通じて、変化する現代社会における労働と障害の問題について考えていくものだと思います。 参考文献 荒川章二・鈴木雅子,1997,「1970年代告発型障害者運動の展開」『静岡大学教育学部研究報告(人文・社会科学篇)』47:13-32. Bolantaski, Luc and Eve Chiapello, 1999, _Le nouvel esprit du capitalisme_, Gallimard. (=2005, Gregory Elliot trans., _The New Spirit of Capitalism_, Verso.) 石川准,1990,「自助グループ運動から他者を巻き込む運動へ」社会運動論研究会編,『社会運動論の統合をめざして』成文堂,281-311. 角岡伸彦,2010,『カニは横に歩く』講談社. 樫村愛子,2007,『ネオリベラリズムの精神分析』光文社. --------,2009,『臨床社会学ならこう考える』青土社. McAdam, Doug, [1982]1999, _Political Process and the Development of Black Insurgency, 1930-1970_, 2nd ed., Chicago: The University of Chicago Press. 宮本太郎,2008,『福祉政治』有斐閣. 宮田鈴枝,1996,『乳房やさしかり』同時代社. 本山政雄,1999,『心かよう緑の町を』風媒社. 成瀬昇,1988,『野武士のごとく』エフエー出版. 定藤邦子,2011,『関西障害者運動の現代史』生活書院. 大嶽秀夫,2007,『新左翼の遺産』東京大学出版会. Rosanvallon, Pierre, 1995, _La nouvelle question social_, Seuil.(=2006,北垣徹訳『連帯の新たなる哲学』勁草書房.) 新川敏光,2005,『日本型福祉レジームの発展と変容』ミネルヴァ書房. 杉本章,2008,『障害者はどう生きてきたか[増補改訂版]』現代書館. 武川正吾,2009,『社会政策の社会学』東信堂. 田中耕一郎,2005,『障害者運動と価値形成』現代書館. Tarrow, Sydney, [1994]1998, _Power in Movement_, 2nd ed., Cambridge University Press.(=2006,大畑裕嗣監訳『社会運動の力』彩流社.) Tarrow, Sidney, Peter J. Katzenstein and Luigi Graziano eds., 1978, _Territorial Politics in Industrical Nations_, Praeger. 立岩真也,1995,「はやく・ゆっくり」安積純子他『生の技法』藤原書店,165-226. 山下幸子,2008,『「健常」であることを見つめる』生活書院. 渡邉琢,2011,『介助者たちは、どう生きていくのか』生活書院. 関連文献 AJU自立の家編,2001,『地域で生きる』中央法規. --------,2011,『当事者主体を貫く』中央法規. AJU自立の家後援会編,2006,『人まかせの人生やめた』風媒社. 秦泰雄・西尾晋一・鈴木清覚編,1989,『障害者のゆたかな未来を』ミネルヴァ書房. 堀利和,2011,『共生社会論』現代書館. 伊藤葉子,2008,「障害当事者運動とシティズンシップ」松田昇・小木曽洋司・西山哲郎・成元哲編,『市民学への挑戦』梓出版社,325-344. 共同作業所全国連絡会編,1987,『ひろがれ共同作業所』ぶどう社. 共生型経済推進フォーラム編,2009,『誰も切らない、分けない経済』同時代社. 真田是・池上惇・山口正之・鈴木清覚,1992,『時代を切り拓く『民主経営』』かもがわ出版. 鈴木勉・上掛利博・田辺準也・鈴木清覚,1998,『協同の仕事おこしで福祉を拓く』かもがわ出版. 本研究は学術研究助成基金助成金(課題番号:23730478)の助成を受けたものである。