0.はじめに 近年「成人発達障害者」が集うコミュニティーが乱立してきている。その多くが「当事者会」「自助会」という名称を冠し、広報もあまり行われず、ひっそりと活動をしているものから、NPOや社団等の法人格を取得し、様々な事業を行っているものまで様々である。 発達障害当事者グループは第6回障害学会において片山との共同報告でも示唆したとおりに、発達障害当事者グループは定型発達者中心主義を前提とせず、自身の認知、感性、行動様式、言動への抑圧を大幅に減らすことが可能になり、定型発達者の説明体系に合わせるという抑圧から解放され、自分らしさを比較的表出しやすい場になりうる。更に定型発達者中心主義社会の中で、排除・忌避されまいとして疲弊している発達障害者自身にとって精神的安息の場となるだけでなく,自らの創造性の表現を展開する可能性も残してくれる場として報告者は注目しており、数年前より専門職として関東・関西・九州にある様々な団体と関わっている。 本報告では「成人発達障害者」が集うグループとの関わりを通して、関東や関西ではいくつもの自助会が結成され、盛り上がりを見せる一方、突然崩壊してしまう様子を目の当たりにしてきた。また、地方部では当事者会の結成自体がほとんどなく、地域格差が生じているのが現状である。本報告では、自助グループの性質やその意義と課題を整理し、その知見を元に、報告者が立ち上げと運営を支援している「熊本県発達障害当事者会littlebit」の実践について述べていきたい。 1.発達障害者当事者コミュニティーの名称と性質 発達障害の当事者コミュニティーは集まりの形態や目的等によって、いくつかの名称やグループの性質を分類した。 1−1.交流形態による分類 A. オンライン会議・交流会 無料チャットソフトskypeやTwitter、mixiをはじめとしたSNSの発達障害に関するSNSのコミュニティーにおいて、PCや携帯電話のネットワーク回線を利用し、文字や音声で交流するもの。 B.発達オフ(発達障害者が集まるオフ会) 主にインターネット上に展開するコミュニティーを介して、交流を図る当事者グループである。Mixi等のSNSや、2チャンネル等の掲示板等で飲み会や交流会等を企画して不特定多数に呼び掛けるもの。 C.団体・会活動 グループの名称があり、形ある団体として活動しているもの。 1−2.目的別の分類 A.啓発・支援グループ 発達障害理解の啓蒙やSST等、当事者の学習を行う事を目的とするグループである。 東京で活動している「発達障害と共に歩む会シャイニング」のように、講演会か勉強会に特化している団体や京都で活動している「kyoto発達支援グループワーク」のように、講演会や成勉強会に加え、自助活動も行っている団体もある。 B.自助会(セルフヘルプグループ) 本来は当事者同士のピアサポートや志向するグループの名称であるが、フリートークや茶話会のみを行っている団体もあり、必ずしも実態と合っていない場合もある。 C.当事者会 単に当事者の集まり全般をさす言葉であり、会の目的は様々である。 2.自助グループの維持の難しさ 以上のように、発達障害当事者によるグループは様々な形で存在しているが、グループの継続性が難しく、短期間で解散やメンバーの急速なメンバーの減少を強いられる事が少なくない。事例をいくつか挙げてみたい。 事例1:体系化されたプログラムを行っている団体で、内容の評判がよいことから、急速にスタッフが増えていったが、準備や実施にかなりの時間を割かなければならず、時間や労力を割けないメンバーが参加しにくい雰囲気が作られ、スタッフを担っていたメンバーの大半が急速に辞めていってしまった。 事例2:初参加のメンバーや、コミュニケーション能力が発揮できない参加者に対しても、代表やスタッフが積極的に働きかける等、幅広い参加者に好評だった80人規模のある自助会であったが、代表が副代表格スタッフの運営アドバイスに対して、「人格を否定された」と感じはじめた。副代表格スタッフを非難する言動やメールを直接的、間接的に他のメンバーに流布し、参加者が誰を信じていいかわからず、多くの人が疑心暗鬼に陥り、会そのものが消滅した。 事例3:一部のスタッフや参加者について「スタッフが異性とばかり交流している」「いやがっているのに個人のプライベートに立ち入ってくる」という、客観的事実をはっきり確認できない「噂」が流れ、中心的に活動をしていたメンバーが次々と離脱してしまった。噂の当事者だけでなく、不安に思ったスタッフも同様に去っていってしまった。 当事者グループの継続の難しさを事例を元に以下の点が挙げてみる。 A.目的意識の共有の難しさ グループを作る目的が明確ではないため、意識のずれが生じやすい。発達障害者は課題や、ニーズに大きな幅があるため、目標を共有しにくい。身体障害者団体が標榜する「自立生活運動」等のゆるぎない明確な目的を掲げることが難しい。 B.障害特性の多様性や、単純な誤解による信頼関係構築の困難 思い込みや勘違い、聞き間違い等が多く、事実関係を確認することが難しい参加者が多い。本来ならばトラブル対応の役割が期待されるであろうスタッフも、そうしたトラブルに巻き込まれることも少なくない。障害特性上、参加メンバー全員が心地よく参加できる環境を作る事の難しさがある。 C.格差による羨望や嫉妬 コミュニケーション能力、社会的立場の違いに大きな差があることも少なからずあるため、羨望や嫉妬、それに起因すると思われる誹謗中傷がおこりやすい。 D.スタッフのキャパシティを超えた過大な役割期待 当事者コミュニティーを主催しているスタッフが「支援者」、またはそれに準ずるような役割を周囲から期待され、不備を糾弾されるという問題がある。ある当事者会の代表は以下のように述べている。 「僕が当事者であることをみんな忘れてしまっているのです。常に立派であることが求められる。僕もしんどいことはたくさんあるのに、代表をしていると弱音を吐けない雰囲気が作られる」 このようにスタッフが参加者の役割期待に押しつぶされ、いきなり会の運営を投げ出してしまい、自助グループが崩壊したということも少なからずあった。 3.自助グループスタッフ・参加者の疲弊 こうした複合的なトラブルを通して「発達疲れ」と当事者が名付けた現象が起こる。つまり、自らが発達障害なのにも関わらず、「発達障害の人々に関わるのに疲れた」という発言が起こるようになる。また、「障害特性」の違いによっても、人間関係の混乱や疲弊も起こってくる。ADHDの主な特性である多動や不注意を許容できず、厳しく糾弾することや、アスペルガーの方の独特のこだわりや思い込みや勘違いについて見下したり、疲弊してしまったり等、自分の「障害特性」から生じる他者への影響を過小評価し、他者の「障害特性」についての寛容性を持ちにくい。更に当事者会に参加する人々の中には参加意識の差異だけでなく、「発達障害」の特性とどう向き合っていくかの意識に当事者間で大きな差があることも少なくない。 障害学会第六回大会の報告者と片山との共同発表で、「(『発達障害』という名付けを受け入れ、アイディンティティーを持つことは)『障害者』として定型発達者の説明体系に収まることで、忌避や排除を留保させることができる一方、定型発達者に理解しやすいように自己を変容させる努力を引き受けることでもあるということを述べたが、当事者会に参加する発達障害当事者の中には、定型発達者社会になじむ努力を重要視するという価値観を持っている人も存在する。 しかも、自らがそうした価値観を持っていることに無自覚である場合もあることから自体をさらに混迷させることになる。更に定型発達者中心主義の価値観の内面化は当事者によってちぐはぐである事もある。例えば仕事面においては、「発達障害」としてのアイディンティティーを持ち、定型発達者中心主義文化を批判する当事者が、恋愛感については定型発達者中心主義思想を持ち、「常識」に当てはまらない行動をする当事者を非難するということもある。ある参加者はこう述べている「発達障害者同士なら非常識な感性を受け止めあえると思っていたんですけど、発達(障害)同士だからこそ、ぶつかったら深刻になり、修復が難しいのですよね」 定型発達者中心主義的価値観からの遠近の差異に気がつかず、「当事者だからわかり合えるはず」という期待が、より落胆を大きくしてしまうのである。 4.熊本県発達障害者当事者会の設立支援 障害学会第6回大会で紹介した、障害学生支援団体「障害学生パートナーシップネットワーク」で支援している成人発達障害当事者や、障害者支援の仕事で知り合った当事者から、「他の当事者と交流したい」という声が少なからず聞かれるようになった。そこで、県内の支援機関に他の当事者を紹介してほしいと要請したものの、紹介した際、「当事者同士でトラブルが起こった場合責任を持てない」との不安を述べられ、当事者同士を引き合わせる責任を負うことに躊躇いを示された。 そこで、当事者の楽しくコミュニケーションスキルを高めるワークショップを行っている東京都発達障害当事者会「イイトコサガシ」の代表冠地情氏、社団法人で東京の高田馬場で就労継続支援B型を展開している当事者グループである「オルタナティブスペースNECCO」事業部長(当時)山本純一郎氏、アスペルガー当事者である事をカミングアウトしながら、行政で発達障害者児の保護者の相談支援をしている大森佑介氏、福岡県の当事者会の顧問として、発達障害学生支援をしている大学講師の水間宗幸氏に協力を依頼し、障害学生パートナーシップネットワークが主催し、当事者会設立記念イベントを平成23年7月18日19日行った。 両日とも午前中は3〜4名の多様な当事者によるシンポジウム、午後は支援者、保護者、当事者が同じ目線で参加できる、イイトコサガシワークショップを行った。 支援関係者からは「支援という枠組み以外での当事者の生活の生の声を聞けてよかった」、保護者からは「子どもの事だと盲目的になってしまうが、一歩引いて考える機会になった」等の感想が聞かれた。 そして当事者は、他の当事者との出会いで自分を見直す機会になったと共に、支援者への視点を変化がワークショップを通じて「支援者って、意外と人間らしいところもあるんですね。」 熊本県発達障害当事者会の設立にあたって、設立スタッフの当事者と話し合った結果、以下の点に留意しながら活動を開始した A.目的意識の共有化、明確化 ・参加希望者は誰でも受け入れることを前提とする。 ・スタッフの許容範囲や対応スキルを超えない範囲で会の運営を行う。 ・他の当事者会の結成の意向があれば、可能な限りバックアップする。 B.ルールの承認、明確化他の当事者会で活用しているルール集を提示し、メリットデメリットを提示、参加運営のルールを模索中である。 C.支援機関との情報共有当事者の多様な側面を知るための、本人の同意を予めとり、本人に関する情報共有を行う。本人に共有してもよい情報を予め決めてもらう。 5・当事者会運営の課題 以上のような運営方針をたて、報告者は顧問相談員として当事者会運営のバックアップを開始したが、いくつかの課題が残されている。 まず、当事者と支援者の関係性をお互いがどうとらえていくかである。従来、相談支援機関では支援者は当事者の「困った部分」に対してアプローチが活動の大部分になりがちであった。しかし当事者会のワークショップでは、支援するものとされるものという固定的な関係性に混乱が生じる可能性がある。一方、常に新しい当事者がアクセスできるように支援機関との信頼関係を重視しすぎると、それはもはや当事者主体の会ではなくなり、支援機関の御用機関と化してしまう危険性をはらんでいる。 当事者会の維持と発展のために支援機関との連携は重要ではあるが、当事者が主役の当事者会のアイデンティティをどう担保していくのかが課題になっていくであろう。