◆榊原賢二郎「障害児教育における教職員加配について?包摂と投棄をめぐって」 ■発表要旨(2,000字以内)[註、文献、図表等を含む]:  障害の社会モデルは、障害者の身体的差異への配慮と不可分であるはずなのに、身体的差異に対する周囲の人々の配慮を必ずしも主題化しえていないのではないか。本発表はこうした問題関心から、投棄(ダンピング)の問題に焦点を当てる。投棄とは、障害者を健常者と共通の場に位置づけ(いわゆる「場の統合」)、その点で従来の包摂(インクルージョン)の観念に類似しているが、周囲の健常者から十分な配慮を受けられない状態を指す。包摂と投棄の問題が先鋭化する領域の一つは障害児教育である。  「インクルージョンは、特別な教育的対応を必要とする子どもを特別な教育的対応なしに通常学校や通常学級の中に教育措置することを意味するダンピングではない」[清水 2003:154]  ここで問題となるのは、場の統合と配慮の提供の関係である。例えばアメリカの障害児教育においては、代替措置の連続体[Heward 2002=2007]と呼ばれる、以下のような教育の場の諸形態が形成されている。 ・通常学級 ・コンサルテーションつき通常学級 ・補助的指導とサービス付き通常学級 ・リソース・ルーム ・特殊学級 ・特殊教育諸学校 ・寄宿制学校 ・在宅または病院  このように、通常学級と特殊学級・学校との間に、通常学級での教員や生徒への補助、および部分的に別教室で授業を受けるリソース・ルームの活用などの形態が設けられており、その中から障害児の状態などに応じて適切な場を選択するようになっている。日本においても、リソース・ルームが紹介され、通級による指導として制度化されている。  これに対して、分離教育の存在自体に反対し、全ての障害児が学校における全ての時間を通常学級で過ごすべきであるという完全統合教育(フル・インクルージョン)の立場も存在する。これについては賛否が分かれる[Heward 2002=2007][吉利 2007]。完全統合教育に対して否定的な立場からなされるのが、先述の投棄批判である。それに従えば、現状の通常学級はすべての特別な教育的対応を要する児童に対して支援を提供することはできず、完全統合は不可能である[清水 2003]。こうした立場からは、完全統合教育は配慮が不十分な場に障害児を入れることであり、投棄であると批判される。  ここで考える必要があると思われるのは、通常学級において障害児の身体的差異への配慮はどこまで可能かということである。本発表では、その一つの方法である教職員加配の制度と現状についてやや詳細に論じる。障害児が在籍する学校や学級に教職員を標準よりも多く配置することによって、その障害児が必要とする介助や教育上の補助を提供することができる。もちろん、ここで述べる配慮は、教員や専門家によってのみ提供されるものではないことは強調しておきたいが、配慮の一つの重要な形態ではある。  教職員の加配は、その標準的な人数の決定方法との関連で論じる必要がある。これについて苅谷[2009]は日米の比較研究を行っている。教員数の算定の単位として、アメリカでは出席児童数と教員が教える時間数の積(生徒時間)が、日本では戦争によるインフラ毀損や地域間格差といった制約から学級定数が採用された。苅谷は、生徒時間が教育条件の改善や教育支出の地域間格差の解消に結びつかないのに対して、学級定数に基づく算定方法は、定員を下回る学級の存在と人口変動によって教員数の改善や地域間格差の是正に結びついていくと論じる。こうして学級定数による教員数の算定から実現する学級・地域単位の平等を、苅谷は個の平等に対して面の平等と呼ぶ。学級定数に基づく教員数の算定は、教育資源の制約の中で、効率よくある種の平等を達成するのに効果的であったと苅谷は見ている。  こうした苅谷の議論は、障害児教育における教員加配の問題と深く関係している。生徒時間は論理上、介助や学習補助を教育の時間数に算入することで教員増が可能であり、一方学級定数による加配はより困難であることが想像される。ただし、特殊学校における学級や特殊学級も、通常学級と共通の学級定数に従うのであれば、分離教育においては人数の少なさによる手厚い財政配分が可能なように思われる。  本発表では、主にこうした障害児が在籍する学級への教員加配の基礎となる財政配分の構造に着目し、加配された教員の業務も考慮しつつ、通常学級における教職員からの配慮の提供の可能性について検討したい。 苅谷剛彦(2009)『教育と平等』中公新書。 清水貞夫(2003)『特別支援教育と障害児教育』クリエイツかもがわ。 吉利宗久(2007)『アメリカ合衆国におけるインクルージョンの支援システムと教育的対応』溪水社。 Heward, W. L.(2002), Exceptional Children. = (2007)中野良顕他訳『特別支援教育』明石書店。