■S−1−2(パワー・ポイント資料) 障害学と障害政策──イギリスの経験 コリン・バーンズ ※ 大会当日は、英語のもののみを映写し、この邦訳は使いません。 □1枚目 障害学と障害政策:英国の経験 コリン・バーンズ教授 リーズ大学 社会学・社会政策学科 障害学センター (リーズLS2 9JT) ハルムスタッド大学 保健・社会政策・スポーツ学科 (スウェーデン301 18ハルムスタッド私書箱823号) □2枚目 障害学と障害政策:英国の経験 ● 本日は、英国における障害学研究と障害者政策の発展を中心としてお話しします。本日の講演は、以下の3つの部分に分かれています。 ● 障害学、社会モデル、研究 ● a.差別、b.直接現金支給(ダイレクト・ペイメント)、c.利用者主導型サービス、に関する研究 ● 考察と結論 □3枚目 障害学、社会モデル、研究 ● 広義の障害学とは、機能損傷(インペアメント)または長期疾患を有する人々の生活を形づくる社会的な力についての批判的分析と定義することができます。 ● 英国における障害学のルーツは、ポール・ハント(1966)、ヴィク・フィンケルシュタイン(1980)、マイク・オリバー(1981)などの障害者活動家や作家たちの活動にあります。 ● 「障害の社会モデル」という用語は、マイク・オリバーの造語です。オリバーは1970年代、ケント大学でソーシャルワーカーたちに教鞭を執っていました。この用語は、機能損傷(インペアメント)を有するゆえに障害者というレッテルを貼られた人々が、地域社会の日常生活から経済的、政治的、文化的に排除されることを説明する新たな方法を指すものです。 □4枚目 障害の社会モデル ● 従来は、障害者の持つ不利益の原因としての機能損傷(インペアメント)に注目し、個人的、医学的観点から障害(ディスアビリティ)を説明していました。これに対し、「障害の社会モデル」では、障害を引き起こす環境、すなわち障害者が経験する経済的、政治的、文化的環境に注目します。 ● よって、障害は個人的問題ではなく社会的問題とされ、有意義な経済的、政治的、社会的変化をもたらす社会政策によってのみ解決できる問題とされます(Oliver 1981)。 ● 「障害の社会モデル」は、機能損傷(インペアメント)に伴う機能制限(身体的、感覚的、知的)を否定するものではありません。 ● 「障害の社会モデル」は、障害者を支援する環境や文化、より正確に言えば、すべての人々が包摂されるインクルーシブな社会を整備することによって、障害者の生活を著しく改善することができるという見方です。 □5枚目 解放を目指す障害研究(emancipatory disability research) 「障害の社会モデル」は、英国における障害学の発展につながったほか、マイク・オリバーが「解放を目指す障害研究(emancipatory disability research)」と呼んだ研究の発展にもつながりました。この研究は、以下の4つの基本原則を特徴としています。 1.研究が障害者や障害者団体による統制を受け、これらに対する報告義務を負うこと。 2.障害に対する社会的・政治的(社会モデル)アプローチに従って研究を行うこと。 3.適切な研究手法(量的・質的に)を用いること。 4.障害者をエンパワメントするため、できるだけ多くの人々がアクセスできる適切な形式で、研究結果を発表すること。 すべての障害研究がこの4つの原則に従うことができるわけではありませんが、これらの原則は障害研究一般に大きな影響を及ぼしています(Barnes 2003)。 □6枚目 差別、直接現金支給、利用者主導型の障害者サービスに関する研究 ● 英国では、障害者にとって意味のある平等のための運動が1960年代半ばに始まりました。この運動は、1980年代初めには、@障害者差別、A専門家主導のサービスに頼るのではなく、自分の介助者を雇うことを目的とした障害者への直接現金支給(ダイレクト・ペイメント)、B利用者主導型サービス(自立生活センター[Centres for Independent/ Integrated or Inclusive Living; CIL])に、重点的に取り組むようになりました。 □7枚目 a.差別 ● 1980年代には、障害者差別禁止法を成立させようとする試みが9回ありました。最初は1982年でした。 ● 1989年、英国の障害者が運営する団体を統率する全国組織である英国障害者団体協議会(BCODP)が、障害者差別の証拠を示すための委託研究の資金を獲得しました。 ● これが間接的なきっかけとなって、1990年、リーズ大学に障害研究部(現在の障害学センター)が設立されました。 □8枚目 差別(続き) ● この研究は、障害者差別を制度的差別と定義し直しました。制度的差別とは、直接差別、間接差別、さりげない差別など、あらゆる形式の差別を含む概念であり、産業社会そしてポスト産業社会の体制や組織にありがちなものです。 ● この研究によって、英国における障害者差別の歴史が明らかにされ、学校や大学、労働市場、社会保障制度、医療的・社会的支援制度、物理的環境すなわち住宅、交通、公共施設、レジャー産業、メディア、政治体制における、制度的差別の量的証拠が示されました。 □9枚目 差別(続き) ● 1991年、書籍『イギリスの障害者と差別:差別禁止法にむけての実例(Disabled People in Britain and Discrimination: A case for anti-discrimination legislation)』(Barnes, 1991)のほか、アクセス可能な形式のさまざまな要約書が発行され、障害者および障害者団体に配布されました。 ● その結果、障害者差別禁止法を成立させる運動の中で、障害者が運営する団体や従来からある慈善団体を統合する全国組織「ライツ・ナウ(Rights Now)」が設立されました。 ● 1995年、障害者差別禁止法(Disability Discrimination Act)が制定されました。 □10枚目 b.直接現金支給(ダイレクト・ペイメント) ● 直接現金支給の法制化への闘いは、1981年、ハンプシャー障害者連合の活動から始まりました。1980年代から1990年代初頭にかけて、1948年国家扶助法の下では、地方自治体が障害者に介助料を現金支給することは、建前としては違法でした。 ● 1980年代から1990年代初頭にかけて、障害者団体は、国家扶助法の改正運動の中で、直接現金支給制度の社会的、経済的な利点を裏づける報告をいくつも作成しました。 ● このような報告の例としては、グリニッチ障害者協会の研究、「介助制度(Personal Assistance Schemes)」(Oliver & Zarb 1992)や、BCODPの「障害者自身による選択(Making Our Own Choices)」(Barnes 1993)および「自立を現金で確保すること(Cashing in on Independence)」(Zarb & Nadash 1994)などがあります。 ● 1995年、政府はコミュニティケア・ダイレクト・ペイメント法(Community Care Direct Payments Act)を導入し、障害者に介助料を直接現金支給することを合法化しました。2000年には同法が拡張され、障害児の親と「介護者(carer)」にも適用されるようになりました。 □11枚目 c.自立生活センター(CIL) ● 1985年、英国初のCILとして、ハンプシャー自立生活センター(Hampshire Centre for Independent Living; HCIL)とダービシャー統合生活センター(Derbyshire Centre for Integrated Living; DCIL)が設立されました ● DCILが「自立(Independent)」ではなく「統合(Integrated)」という語を選んだのは、真に自立している人というものはなく、人間はすべて相互に依存し合っている(Interdependent)という認識に立ってのことです。現在では、英国のほとんどのCILはCentres for Inclusive Living(インクルーシブ生活センター)という用語を使っています。 ● その後の数年間に、英国では利用者主導型サービスが発展しましたが、多くは資金調達が困難であったり、国営サービスの支援を受けることができなかったりという問題を抱えていました。 ● そこで、BCODPは1999年、利用者主導型サービスとCILの支援および直接現金支給(ダイレクト・ペイメント)の促進を目的として、全国自立生活センター(National Centre for Independent Living; NCIL)を設立しました。 □12枚目 c.自立生活センター(CIL)(続き) ● NCILは英国のCIL運動の発展と進捗状況に関する全国調査を依頼しました。 ● この調査は、利用者主導型サービスの全国調査、CIL型の9団体の事例調査、スタッフと利用者の聴き取り調査を内容とするものでした。その結果、2000〜2002年に4本の報告書が発表・配布され、さらに書籍『自立への未来へ:障害を引き起こしている社会における利用者主導の障害者サービス(Independent Futures: Creating user led Disability Services in a Disabling Society)』(Barnes & Mercer 2006; Barnesら, 2000; 2001; 2002も参照)も出版されました。 □13枚目 c.自立生活センター(CIL)(続き) ●2005年、労働党政府は、「障害者の生活機会の改善(Improving the Life Chances of Disabled People)」(PMSU. 2005)と題する報告書を作成しました。この報告書は、障害の社会モデルによる定義を採用したほか(p. 8)、すべての地方自治体に対し、NCILの調査により推奨されたCILを模範とする利用者主導型の障害者サービスを、2010年までに整備するように勧告する(p. 91)ものでした。 □14枚目 考察 ● 障害政策という意味では、近年の英国で大きな変化があったことは明らかです。しかし、障害学研究だけで世の中を変えることができると考えるのは間違いでしょう。 ● これまでに述べたプロジェクトは、その一つ一つが、依存状態を作り出すような過去の障害政策を終焉させるべく現在も進行中の運動を大きく後押しするものでありましたが、それは障害者、障害者団体、そして支持者らの参加と支援なくしては不可能だったことでしょう。 ● また、政策変更を示す明らかな証拠もありますが、英国の数多くの障害者にとっては、意味ある包摂(インクルージョン)は未だ実現されていません。 ● 制度的差別は依然として蔓延し、サービス利用者の大部分は現在も専門家主導のサービスに頼り、ほとんどの地方自治体は未だにCILを設置していません。 □15枚目 結論 ● 貧富にかかわらず、多くの国々で等しくいえるのは、法律は継続的に実行に移されなければ意味がないということです。実りある法の施行は、英国のような市場経済の場合、不可能ではないとしても困難です。 ● それゆえに、公正な社会のための闘いは、英国でも世界中でも継続しています。 ● それは、障害者差別と不公正全般を完全に撲滅しようとするならば、障害学研究が取り組み続けなければならない闘いなのです。 以 上