■S−0 趣  旨 堀正嗣(熊本学園大学) 日本では、昨年8月の政権交代以降、障害者施策の改革に向けての動きが進んでいます。本年1月には、国と障害者自立支援法違憲訴訟団の基本合意が成立し、自立支援法をすみやかに廃止し、新しい福祉法制を2013年8月までに実施することを確約しました。一方では障害者権利条約の批准に向けて、障害者の権利保障を進めることが日本政府に求められています。 そうした動きの中で、障害当事者を主体とした「障がい者制度改革推進会議」が本年1月に設置され、6月には第1次意見が出されました。この第1次意見では、障害者制度改革の基本的考え方の3として「『社会モデル』的観点からの新たな位置づけ」が明記されています。このことに象徴的なように、推進会議の基本的な考え方は、障害を「個人の悲劇」ではなく「社会的な差別・権利侵害」ととらえる障害学と同一の立場に立っていると言えるでしょう。 このような障害者政策の歴史的転換点にあって、障害学には障害者制度改革の理論的な支えとして大きな役割が期待されています。しかし、率直に言って、日本の障害学は障害者運動との結びつきが必ずしも十分ではなく、制度改革の理論的根拠として大きな力にはなり得ていないのが現状ではないでしょうか。このような状況を超えるためには、2つのことが必要だと私は考えます。一つは障害学の役割は何か、障害学と障害者運動・障害者政策はどういう関係にあるのかということについて明確な認識を持つことです。それは障害学の存在理由や本質・研究方法をラディカルに問い直すと言うことです。二つ目は、障害学研究の立場から障害者の権利侵害の状況を明らかにして、制度改革のあり方を提示することです。 イギリスでは、障害学が障害者を無力化する社会システムについての理論的分析を行うと共に、障害者の権利侵害の現状と新たな制度・政策の有効性を実証してきました。これは障害者運動を大いに力づけ、イギリスにおける制度改革の推進力となってきました。その成果は、障害者差別禁止法(DDA)の制定、ダイレクトペイメントの創設、障害者権利条約の批准等の形で実現しています。このイギリスの経験から学ぶことを通して、障害者の権利を保障するために日本の障害者制度政策をどのように改革していけばいいのかを考えることがこのシンポのねらいです。またイギリスでは障害者運動と障害学が車の両輪となって政策を変えてきました。運動と研究が密接に連関していることがイギリス障害学の学問的性格を明確に特徴づけています。この経験から学び、これからの日本の障害学のあり方について考えることがシンポのもうひとつのねらいです。 幸いなことに特別講演者及びシンポジストとして、イギリスリーズ大学教授のコリン・バーンズさんをお迎えすることができました。バーンズさんはイギリス障害学のリーダーであり、リーズ大学障害学研究センター所長・です。イギリスの障害学・障害政策に関して多くの著書・論文を発表しておられます。また障害者運動においても重要な役割を果たされ、国の障害政策に大きな影響を与えてこられました。バーンズさんには、「イギリスにおける障害学と障害者政策」というテーマで、イギリス障害学がどのようにイギリスの障害者政策に影響を与えてきたのかをお話しいただきたいとお願いしています。 日本側のスピーカーとしては、内閣府障がい者政策改革推進本部室室長の東俊裕さんに登壇していただくことができました。日本における障害者制度改革のエンジンとしてご苦労いただいています。東さんには、「日本における障害者政策改革の課題」(仮題)というテーマで、日本の現状と障害学に期待する者をお話しいただくようお願いしています。また、日本の障害学の研究者の立場から、横須賀俊司(県立広島大学)さんと立岩真也(立命館大学大学院)さんに指定討論者をお願いしています。これからの日本の障害学のあり方に対して、何らかの示唆を与えるシンポジウムになることを願っています。