■4−3 発達障害と貧困(2) 発達障害女性の生活実態について 高森明 近藤武夫(University of Washington、東京大学) (1) 目的  本発表の目的は発達障害女性、とりわけ長らく労働市場と福祉の両方から締め出されてきた発達障害女性たちの生活の実態把握である。  ここ10年間、大人になってから診断された発達障害女性たちの理解に大きな影響を与えてきたのは、『片づけられない女たち』(2000年 WAVE出版)であった。アスペルガー女性であるニキリンコが邦訳したことでも話題になった同書は、広く女性読者に読まれ、発達障害関連の書籍としては異例の売れ行きを示した。NHKでも取り上げられ、著者の来日講演を機にADHD女性のグループが多数結成されるなど、日本における発達障害女性の連帯を作り出すことにも大きな貢献をした。  他方、同書は理想の女性像(仕事と家事をばりばりこなし、よき妻であり、母親であり、地域においては社交的な女性であること)に疑問を示しつつも、ADHD女性が理想の女性像を達成するための工夫が数多く記述されていた(1)。ここで扱われた工夫が特に日本では家事,育児,近所の母親つきあいなどに触れていたことから、特に日本では発達障害女性の意識が性的役割をいかに達成するかという問題に集中してしまい、パートナーのいる発達障害女性を性的役割に縛りつける傾向を持っていたことも否定できない。  さらに、2009年に出版されたアスペルガー女性綾屋紗月による『前略、離婚を決めました』(理論社)では、家庭内における家事,育児,近所つきあいの負担が綾屋に集中していたこと、パートナーから家事に対する理不尽な要求が繰り返されていたこと、家事,育児がこなせないことを口実にした暴言が繰り返されていたなどの実態が明らかにされた(2)。  家事や育児に困難を抱える発達障害者女性がいるのは事実だとしても、性的役割の達成こそが解決すべき問題だと言えるだろうか。むしろ性的役割の達成に意識を集中することにより、性的役割そのものの持つ問題,その背後にある暴力が隠蔽されてしまう側面がなかっただろうか。もう一度、発達障害女性が置かれた状況,その社会生活上の困難,必要なサービスや制度を捉えなおしてみる必要があるだろう。 (2) 方法  発表者らは、発達障害女性の中でパートナーとの共同生活を営んだことがある女性、あるいは現在も営んでいる女性たち8名を有意抽出し、以下の複数の項目を設定することで半構造化したインタビュー調査を行った。聞き取りの内容は昨年度の調査(高森・近藤「発達障害と貧困――アスペルガー症候群当事者を中心として」障害学会第6回大会・2009年9月)と同様、過去の生活条件(学校環境、家庭環境、経済力、受けてきた教育、職場環境,人間関係)を設定し、時系列に沿って彼女らの経験を聞き取った。さらに金銭的な資本だけでなく、文化資本,社会関係資本のような非金銭的な資本にも注目しながら検討を行った(3)。以上に加えて、本調査では、調査の目的に合わせて、パートナーんついての質問項目を追加した。  インタビューは一人につき一回の面接を2〜3時間で行った。事後的に電子メールによる補足的な質問のやりとりを行った。インタビュー参加と得られた結果の公開についてはインタビュー実施までに紙面で説明と同意を得た。また、本発表原稿を本人に提示し、最終的な公開の同意を得た。  インタビュー調査の対象者は、以下の8名の発達障害女性(AからHで表記)で、いずれも大人になってから診断された中途診断者である(診断と手帳の等級は現時点のもの)。 ■A:年齢=30代、発達障害の診断=ASDか特定不能のPDD、二次的障害=摂食障害,躁鬱病,対人恐怖,自傷など、手帳=精神2級 ■B:年齢=30代、発達障害の診断=ADHD,ASD、二次的障害=統合失調感情障害,自傷,薬物買い物などの様々な依存症,家庭内暴力,過剰なストレスで入院あり、手帳=精神2級 ■C:年齢=50代、発達障害の診断=ASD、二次的障害=解離性人格,気分障害,薬の過剰摂取による入院あり、手帳=精神3級 ■D:年齢=30代、発達障害の診断=ASDの傾向あり,ADHD,LD、二次的障害=摂食障害,そううつ,薬の過剰摂取による入院あり、手帳=知的B2,精神2級 ■E:年齢=30代、発達障害の診断=ADHDとLDの傾向あり、二次的障害=特になし、手帳=なし ■F:年齢=30代、発達障害の診断=ASD、二次的障害=特になし、手帳=なし ■G:年齢=40代、発達障害の診断=ASD+ADHD、二次的障害=PTSD,睡眠障害,摂食障害、手帳=精神3級 ■H:年齢=40代、発達障害の診断=ASD、二次的障害=摂食障害,アルコール依存,気分変調症、手帳=精神3級 (3) 結果  以降、「パートナーおよびその実家との関係」,「労働市場との関係」,「インフォーマルな人間関係」に注目して結果を整理する。 @パートナーとの関係 ■A: 未婚同居あり ■B: 結婚同居あり ■C: 未婚同居あり、結婚同居あり(2回)、離婚あり(2回) ■D: 未婚同居あり、結婚同居あり、離婚あり ■E: 未婚同居あり、結婚同居あり ■F: 結婚同居あり、離婚あり ■G: 未婚同居あり、結婚同居あり、離婚(調停中) ■H: 結婚同居あり  調査した発達障害女性たちは、全員が一度は恋愛を経験しており、A以外の7名は結婚を経験している。また、B,E,Hは現在も結婚生活を継続中であり、C,Fには現在結婚していないが、同居中のパートナーがいる。また、B,D,E,G,Hには結婚前に交際したことのある異性のパートナーがおり、D,E,Gはパートナーとの同居も経験している。また、Cは現在のパートナーと同居をはじめる前に、別のパートナーとの2度の結婚を経験している。Cには別のパートナーとの子どもが1人いるが、現在諸事情により同居はしていない。F,G,Hにはそれぞれ2人ずつ、婚姻関係のある(あった)パートナーとの子どもがいる。 ■A: パートナーからのDV、パートナーの実家からのDV ■B: (特になし) ■C: パートナーからのDV、パートナーに働く意欲がない、入国ビザ取得の協力 ■D: パートナーの実家からのDV、パートナーに働く意欲がない、借金肩代わり ■E: パートナーからのDV ■F: パートナーからのDV、共同管理していたお金の使い込み ■G: パートナーからのDV、パートナーの実家からのDV、共同管理していたお金の使い込み ■H: (特になし)  一方、パートナーとの関係の質に目を転じると、A,C,E,F,Gは男性パートナーからのDVを経験している。インタビューでは以下のような経験が報告された。Cは二度目に結婚したパートナーからのつきまといおよびDVの結果、警察に保護を求める事態になり、その後、離婚することになった。Eは結婚前に交際した2人の職場の同僚から自信を奪われるような言葉かけ,暴行,メールによる説教の繰り返しなどのデートDVを経験することになった。FとGは長期間、家事や育児の負担が集中した上に、家事や育児が回らないことをパートナーから攻撃されていた。特にGの場合、パートナーの実家からの嫌がらせもあり、それまで順調だった仕事を失い、家を逃げ出し在宅療養する状態に追い込まれてしまった。Gは現在離婚調停中、Fはすでに離婚している。  また、男性パートナー本人から以外のDV体験も報告された。Aは交際していたパートナーおよびその実家からのDV,DはDと折り合いが悪かったパートナーの兄の圧力を受けた。結果として、A,Dはそれぞれ、男性パートナーとの婚姻または恋愛関係を解消することになった。  また、男性パートナーから金銭面などで利用された経験についての報告も得られた。Cは1度、Dは2度、働く意欲のない男性パートナーと同居し、その生活を全面的に支えていた。Dは最初のパートナーの借金を肩代わりし、多額の負債を背負うことになった。他に、FとGは本来夫婦で共同管理すべきお金を勝手に使い込まれてしまったことがある。BとDは結婚前に妻子持ちの男からの愛人関係を期待されることがあったと報告した。  もちろん、パートナーとの生活を経験したことのある発達障害女性を有意抽出して行った調査なので、この調査によって発達障害女性全体の傾向を語ることはできない。しかし調査の対象となった発達障害女性について言えば、恋愛や結婚の経験が共通して報告され、 そうした関係性自体からの排除は報告されなかった。比較的恋愛や結婚をするための障壁は小さかったと言えるだろう。もちろん、恋愛が長続きしにくい(B),関係 が一方的になりやすい(E)という困難を語る発達障害女性はいたが、恋愛の対象と見なされなかったといった経験は報告されなかった。  むしろ、今回のインタビュー協力者では、男性パートナーからの暴力経験者が8例中6例で報告されており、この結果が抽出の偏りの結果か、発達障害のある女性としての彼女たにとって、そうしたリスクが極めて高いことを示すかについて、問題を提起する重要なポイントであるといえる。女性が独立して生活を営める社会的資源の少なさ,またはそこへのアクセスの困難さ、家族などとの関係構築の困難さなど、現代の女性に共通する困難が、発達障害という診断を受けた女性たちに集中していることが推察される。 A労働市場からの二重の排除  調査した発達障害女性のうち、就労は全員が最低一度は経験しており、接客,教育,ケアなどの対人仕事に従事した経験者が多い。  労働市場からの排除については、B,D,Eのように業務習得の困難とそれに伴う職場の人間関係トラブルやハラスメントにより離転職を繰り返したケース、F,Hのように失業には至らなかったが、業務にはそれなりに困難を感じていたケースがある。本人の障害と周囲の無理解、特性に応じた仕事の提供ができない職場の組み合わせによる労働市場からの締め出しという問題は完全に無視することはできない。  しかし、今回のインタビュー協力者からは、結婚か出産を機に労働市場から撤退、あるいは正規雇用ではなく、パートタイム労働に移行する際に経験した困難さについての報告が得られた。  Cは子どもの出産,育児や介護の負担増により、度々労働市場からの撤退を余儀なくされた。職場によっては子どもに関する保育園からの電話が多かったため、暗に退職を求められたこともあったという。同様に正規雇用で働いていたGは仕事が順調だったが、結婚を機に元パートナーの事業を手伝うためにより条件の悪い仕事に転職することになった。Hも結婚を機に、仕事との両立が困難となり、会社判断で正規雇用を離れパートタイム労働に移行することになった。Fも結婚を機にそれまでかけもちしていた仕事を辞めており、Eも結婚を機に同じ職場で正規雇用からパート労働に移行している。  結婚前は曲りなりにも労働による独自生計を立てることができていた発達障害女性も、結婚や出産を機に独自生計を立てることができなくなっている。発達障害女性の労働市場における苦境は、目に見えない障害者であること,既婚女性であること,家庭内での負担の増大の3つが複雑に絡み合って生じていることが推察される。  Bインフォーマルな関係基盤の弱さ ■A: 両親からの暴力(身体的暴力)、学校でのいじめ ■B: 両親からの暴力(精神的、性的な嫌がらせ)、学校でのいじめ ■C: 両親からの暴力(暴言、放置)、学校でのいじめ(?) ■D: 両親からの暴力(性的虐待、暴言、暴力)、学校でのいじめ ■E: 両親からの暴力(暴言、暴力)、同性集団(いじめ)、学校でのいじめ ■F: 同性集団(孤立) ■G: 同性集団(孤立) ■H: 両親からの暴力(暴言)、同性集団(孤立)  パートナーとの関係以外でのインフォーマルな関係では本人の実家との関係の悪さ、学校のいじめ,同性集団の中での孤立が目立った。  両親からの暴力は、インタビュー協力者のうち、F,Gを除く A,B,C,D,E,Hに見られ、本人たちの二次的障害にも大きな影響を与えていた(摂食障害など)。そのうち、A,B,D,Eについては学齢期の同級生のいじめが深刻で、普通学級の教員とも良好な関係が持ちにくかったり、いじめ解消への支援が得られなかったり、対人スキル等について低い評価される傾向にあった。しかし、本人の家族からのフォローはなく、むしろ家庭でも「お前に非がある」という評価がなされ、「普通になれ」という圧力がかけられていた。彼女たちは家庭生活も普通学級への参加も無条件に可能だったが、そこでの生活は暴力と孤立に満ちたものだった。また、AとHの場合、本人の家族の学歴など文化資本は高かったが、そのために要求される「普通」の水準も高く、本人たちに大きな負荷をかけていた可能性がある。Aは現在本人の実家と疎遠状態、Hは絶縁状態にある。  また、インタビュー対象の発達障害女性の間では、E,F,G,Hから同性関係が難しいことが語られた。学校でのいじめの経験者は当然のことながら、同性からの無視,嫌がらせなどを経験している。1つ目の職場で同性からのひどいハラスメント経験したEはその後、女性職場をできるだけ避けるようになったと言う。また、深刻ないじめを受けた訳ではないF,G,Hも、学校での女子生徒集団,地域での母親集団の間では孤立しがちであったと言う。  以上のことから、今回のインタビュー協力者である発達障害女性たちでは、地域や同性集団におけるインフォーマルな人的基盤が極めて弱いことが確認された。 (4)考察  家事,育児,母親つきあいなどの性的役割にまつわる仕事や、就労およびそれにまつわる人間関係に困難を抱える発達障害女性がいることそれ自体よりも、本インタビュー調査協力者の多くから報告されたような、それらの複合した問題として、「発達障害のある女性」では、パートナーやその家族からの暴力や利用が存在するリスクが高くなること」が、より深刻な問題として捉えられるべきと筆者らは考える。発達障害女性が家事や育児の困難を口にする時、それを口実に周囲の人間から暴力を振るわれていないか否かを含めて慎重に検討して、社会のあり方や必要なサービスのあり方を検討していく必要がある。  なお、暴力に巻き込まれた際に事態が悪化する理由としては、目に見えない障害と子どものいる既婚女性に生じやすい労働市場での複合的な苦境、全体的な社会関係資本の弱さが挙げられる。  労働市場からの締め出しにより独立生計を立てることができず、社会的に孤立しているグレーゾーン女性ほど暴力と利用から逃れることは難しくなる。そこに様々な制度やサービスからの排除が重なった場合、さらに事態は深刻化することになるだろう。医学的には発達障害,知的障害と診断される成人女性の中には、障害者福祉あるいは生活に困窮した女性のための福祉にアクセスできていないケースは珍しくない。5年から10年もの間、DVが放置され続けてきたF,Gの事例がそのことを物語る。  グレーゾーン女性は失業によって、ただちに路頭に迷う心配はそれほど高くないかもしれない。しかし、暴力にさらされても収入や社会関係資本が十分にないため、家庭から逃げ出せなくなるリスクは極めて高いと言える。 (5) 結論と課題  パートナー関係にとって大切なことは、誰であれパートナー関係を作る可能性が保障されていると共に、パートナー関係を解体する可能性も保障されていなければならないという点である。そして、グレーゾーン女性にはパートナーからの暴力や利用に対して、パートナー関係を解体できる可能性が十分に開けていないことが明らかになった。  解体の可能性を保障するためには、本人に経済基盤があること、暴力や利用にさらされた場合に本人が自ら置かれた状況に気がついていること、困った時に利用できる人脈(社会関係資本)およびサービスと制度が不可欠である。労働市場から締め出されやすく、社会保障や福祉のセーフティーネットにも乗れず、地域,学校,職場で孤立しがちなグレーゾーン女性ほど、理不尽な取り扱いを受けても、関係を解体する可能性に開けていない場合が多い。  発達障害女性に限らず、これからのグレーゾーン女性支援では、安心してパートナー関係を解体するために必要な所得保障と安全保障の制度を社会の中に作り上げておく必要があるだろう。具体的な取り組みとして、たとえば以下のようなものが考えられる。 1.結婚した女性が家庭内で巻き込まれやすい暴力や利用についての情報が十分に保障されていること 2.女性本人が労働による独立生計を立てられない場合でも、無料ないしは安価に利用できる避難所ないしは住居があること 3.暴力,利用の問題を解決するために利用できる制度やサービスについて、アクセス保障を行う相談機関があること 4.離婚した際に子どもを養育する側(女性である場合が多い)に対して公的な生活保障が十分に行われること 5.発達障害を含めた障害やその他のマイノリティーに属する女性において、こうしたリスクが高まる可能性を十分に調査・周知すること  これらの制度やサービスは診断や障害者手帳の有無に関係なく、全ての女性が利用できる可能性に開かれてなくてはならない。目に見えない障害を抱えるグレーゾーン女性を社会の中から全て発見することは不可能だからである。  ただし、上記の結論はあくまで暫定的なものとしておきたい。まだ調査した女性の事例が少なく、調査した女性についてもその実態やニーズを完全には把握し損ねている場合がありうるからである。今後さらに丁寧により多くのグレーゾーン女性の聞き取り調査を行い、実態とニーズの把握を進めていきたいと思う。 【註】 [1] 『片づけられない女たち』によれば、現在の女性に求められる性的役割としては以下のようなものが挙げられる。 (主婦業の業務内容) (1) 多種多様な作業の優先順位を考え、調整する(2)家庭内の情報を一手に管理する(3)家事・家政をとりしきる(4)家庭を快適かつ魅力的に保つ(5)各種の支払いを期日に遅れずすませる(6)予算をたてる(7)掃除をする(8)食事の支度をする(9)季節のイベントや祝い事を計画し、実行する(10)食品を買う(11)衣類を買う(12)服装のコーディネートを考える(13)接待・社交を担当する(14)旅行の荷造りをする(15)旅行の計画・手配・添乗員を兼任する(16)インテリアをデザインする(17)休日のイベントを計画し実行する(18)家族を代表して、地域のつきあいを担当する(19)贈り物や手紙・カードの発送担当(20)家族を代表してボランティアに参加し、社会に貢献する(21)ADDの子どもの生活管理を代行し、監督する(22)家族・友人・知人に頼まれたら、いつでも車で送り迎えする(23)家庭の雰囲気を明るく暖かく保つ(24)以上の全てをフルタイムの勤めから帰ってきた後でこなす (会社が女子社員に求める契約外の仕事) (1) 給湯室で世間話をきちんとこなす(2)オフィスで募金袋を回したり、集計したりする(3)職場のレクレーションのときにお弁当を作ってくる(4)同僚の誕生日を正確に覚えている(5)誰かが入院したらお見舞いのカードを送る(6)誰かが落ちこんでいたらゆっくり話を聞く(7)誰かが転勤するときには、記念品を選んだり、お別れ会の手配をしたりする(8)ランチの席では、仕事と関係のない雑談で場を盛り上げる(9)同僚の結婚祝いや出産祝いのお金を集め、品物を選び、手配する 『片づけられない女たち』ではこれらを完璧にこなす女性を目指さないとしながらも、性的役割をこなすための工夫を提案している。 [2] 『前略、離婚を決めました』では、以下のようなエピソードが紹介されている。 (エピソード1)  それでもお母さんはお父さんの健康のことを考えて、必死の思いでお父さんの夕飯を作りました。  ところが、夜遅く帰ってきたお父さんは「こんなもの食えるか」と罵倒しました。逆に「いつも食べていないんだし、今日もいらないのかな」と思って作らない日は、「メシも用意してくれない」と言いました。「だったら夕飯がいるかいらないか、夕飯の準備を始める十六時までに連絡を入れてほしい」とお願いしても、「そんなこと事前に分かるか。これだから男の仕事をわかってない」とはねのけました。 (P101) (エピソード2) お母さんは、お母さんづきあいと育児と料理と掃除と食卓の片づけを終えるのでもう限界で、とても食器洗いをする体力が残っていなかったのですが、お父さんはそれが気に入りませんでした。  ときどき、「しかたない、俺がやってやるか」「洗ってやったんだからお礼ぐらい言えば?」と言いながらお父さんは洗い物をしました。(P101) (エピソード3)  差別されない対等な関係でありたいのです。  しかし、父さんは 「収入のない君は家庭内プータローってことだから、冷や飯食いを覚悟するように。十万くらい稼ぐようになったら人権をあげよう。もしくは三人目の子どもを産んで♪そしたら皇太后扱いしてあげる」 「収入を得られない君が家庭内で虐げられるべき立場なのは、社会の縮図だからしかたがない」 と言いました。(P144−145) [3] ピエール・ブルデュー特有の用語であり、『ディスタンクシオン』T(藤原書店)の訳者石井洋二郎によれば、文化資本とは 「広い意味での文化に関わる有形・無形の所有物の総体を指す。具体的には、家庭環境や学校教育を通して各個人のうちに蓄積されたもろもろの知識・教養・技能・趣味・感性など(身体化された文化資本)、書物・絵画・道具・機械のように、物質として所有可能な文化的財物(客体化された文化資本)、学校制度やさまざまな試験によって賦与された学歴・資格など(制度化された文化資本)、以上の3種類に分けられる。」(『ディスタンクシオン』T訳者まえがきX) とされている。社会関係資本とは 「さまざまな集団に属することによって得られる人間関係の総体。家族、友人、上司、同僚、先輩、同窓生、仕事上の知人などいろいろあるが、そのつながりによって何らかの利益が得られる場合に用いられる概念で、いわゆる人脈に近い。」(前掲書訳者まえがきY) とされている。もちろん、グレーゾーンの障害者たちにとっても、文化資本や社会関係資本があることは望ましいと言えるが、これらの資本の量ではなく、質にも特に注目しておく必要があると考える。というのは、いくら文化資本や社会関係資本が恵まれていたとしても、そのために本人の状態を無視して周囲から求められる能力や立ち振る舞いの水準が過剰に高かった場合、本人に大きな負荷がかかり、有害な影響が出ることがあるからである。