■3−3 障害者雇用における「合理的配慮」と「保護雇用」のあり方に関する一考察 ──各地の社会的事業所の取り組みをとおして── 磯野博(静岡福祉医療専門学校) はじめに  本研究は、厚生労働科学研究費補助金 障害保健福祉総合研究事業 障害者の自立支援と「合理的配慮」に関する研究−諸外国の実態と制度に学ぶ障害者自立支援法の可能性−の一環として3年にわたり取り組んできた。その成果は、報告書としてまとめる前段階として障害学会第5回大会、第6回大会において報告させていただき、貴重な示唆を多く得てきた。本研究の最終年度においても、同様に本学会での報告をとおしてご指導たまわりたい。  また、本研究は、研究の視座として「障害当事者の立場」を重視しており、同じ視座で運動、実践、そして研究に取り組んでいる会員が多い本学会での報告を強く希望するものである。 1.研究の背景  「障害者権利条約」の批准に向けての国内法の整備のために、「障がい者制度改革推進会議」、その下での総合福祉部会の議論が高い頻度で集中的に行われている。労働・雇用分野では、論点のひとつとして「シームレスな雇用」を目指した社会的事業所の法制化が議論されており、2010年6月7日の第14回会議において取りまとめられた「第一次意見」でも、以下のような問題認識が示されている。 ・福祉的就労の在り方について、労働法規の適用も含め、雇用施策における位置付けを検討するとともに、いわゆる「最低賃金減額特例措置」については、賃金補填等の所得保障に係る新制度との整合性を図った上で、重度障害者の雇用の確保に留意しつつ、当該措置の適用の在り方について検討する。また、就労継続支援や就労移行支援の対象となる「障害者」の範囲や利用者負担等の問題については、総合福祉部会等において検討する」 ・障害者も障害のない人も対等な立場で一緒に働くことができる形態の職場を設置している者に対し、その運営に要する賃金を含む経費の一部を補填するいわゆる「社会的事業所」について、地方公共団体における先進的な取組を参考にしつつ、その一層の普及がされるよう必要な措置を講ずる。併せて、障害者に多様な就労機会を提供するため、協同労働等の仕組みの構築等必要な措置を講ずる。  これらの問題認識は、賃金支援を中心にした「保護雇用」を障害者雇用においてどのように実現するかという課題に収斂されると筆者は考える。日本では、障害者雇用において部分的に課題にされている「保護雇用」ではあるが、EU諸国、昨今では韓国では、母子家庭や外国人など社会的弱者全体を「保護雇用」の対象にしており、日本でも、障害者雇用を切り口として、社会的弱者全体を対象にした「保護雇用」のあり方を模索していく必要がある。 2.研究の経緯  本研究では、これらの課題を踏まえ、これまで障害者の労働・雇用分野における「合理的配慮」を具現化する「保護雇用」のあり方を探求してきた。具体的には、JDの研究を活用し、諸外国の障害者雇用施策の状況を概観する一方、全国福祉保育労組とJDがILOに行った「日本の障害雇用政策に関するILO159号条約違反に関する国際労働機関規約24条に基づく申し立て」(ILO提訴)へのILOからの報告書と厚生労働省に設置された「労働・雇用分野における障害者権利条約への対応のあり方に関する研究会」の「これまでの論点整理」の内容を検討し、日本での障害者雇用における「合理的配慮」の状況を概観してきた。また、それぞれの地域の特性を活かし、社会的事業所を自治体独自で制度化している滋賀県、札幌市、大阪府 箕面市においてヒアリングを行い、それぞれの地域における社会的事業所の取り組みの功罪を検討してきた。  これら、各地の社会的事業所の取り組みに学びながら、三重県においても社会的事業所の制度化が検討の俎上に上りつつある。  今回の報告では、「障がい者制度改革推進会議」や総合福祉部会での議論を念頭に置きながら、社会的事業所の法制化の功罪を模索する。 その主なポイントは、以下の3点である。 @最低賃金を保証する賃金支援のあり方 A障害のある人もない人も「共に働く」社会的事業所のあり方 B障害者に対する「保護雇用」を切り口にした社会的弱者全体の「保護雇用」のあり方 3.「保護雇用」と社会的事業所  本論に入る前に、本研究における重要なキーワードである「保護雇用」と社会的事業所の本研究における意味を明確にしておく。  「保護雇用」は、ILO条約と関連する勧告では、「障害者に最低賃金法やその他の労働関連法を適用すべきこと」を意味する。また、若林(1998)は、「専門職員などの人件費補助」、「障害者の賃金補助」、「施設・設備の補助」、「運営の補助(経営上の赤字補填の措置)」4)など、保護的措置を包括して定義している。本研究では、それらに加え、「労働時間や労働環境の整備」、「特定の製品の製造や販売に関するライセンスを障害者雇用のために活用するための規制」なども包括したものとして、幅広く「保護雇用」を定義する。  昨今、JDなどの障害当事者団体では、「保護雇用(Sheltered Employment)」という表現は、「障害者が保護されながら雇用される」という消極的な意味を持つことから、「障害者が社会的支援を活用しながら労働に参画する」という積極的な意味を強調するため、「社会支援雇用(Social Support Employment)」という表現を使うことが多くなっている。  では、この社会支援雇用と類似した社会的雇用、社会的事業所、社会的企業はどのような違いがあるのであろうか。この命題に関して、栗原(2010)は以下のように整理している。  社会的雇用とは、一般就労と福祉的就労の谷間から生まれた新たな雇用形態である。障害者にも労働関係法規が適用され、サービス利用者ではなく、あくまで労働者として働くことが念頭に置かれていることが就労継続支援A型、B型とは異なる点である。  日本においてこの社会的雇用を実現する典型的な事業所の形態が社会的事業所である。一般企業での就労が困難とされた障害者が、営利主義、能力主義の弊害を乗り越え、労働をとおした自己実現を図り、地域社会に新たな価値を創造する取り組みとして各地で実践されている。この社会的事業所が自治体独自に制度化されている大阪府箕面市や滋賀県、札幌市では、公的な補助金を障害者の賃金支援に充当しており、日本における「保護雇用」を具体化する取り組みとしても注目されている。また、社会的事業所は、障害者のみでなく、シングルマザーや外国人といった障害者以外の社会的弱者の社会的雇用の受け皿にもなっており、障害者雇用施策をとおした社会的弱者全体の「保護雇用」の広がりを日本で実践していることも特徴である。  一方、社会的企業は、「ビジネス的手法を用いて社会問題を解決する企業」と位置づけられているが、イタリアの社会的共同組合法や韓国の社会的企業育成法に象徴される取り組みとして、社会的な排除をなくすため、さまざまな社会的弱者を包摂した働き方を実践している例もある。 4.各地の社会的事業所の取り組みと社会的事業所の法制化  障害学会第5回大会の一般発表、第6回大会のポスター発表においても報告してきたが、それぞれの地域の特性を活かし、社会的事業所を自治体独自で制度化している滋賀県、札幌市、大阪府箕面市の社会的事業所の取り組みの功罪を概観すると以下のようになると思われる。  滋賀県の取り組みは、共同作業所への滋賀県独自の補助金の廃止にともない、障害者自立支援法に拠らないポスト共同作業所のモデルのひとつとして制度化された。あくまで障害者福祉施策として位置づけられているため、障害者雇用施策との併用が可能であることや、補助金の位置づけが運営補助金ではないため、障害者の賃金支援にも活用が可能であることなど、精度の活用に柔軟性と弾力性があることが特徴であるといえる。  札幌市の取り組みは、あくまで運営補助金という位置づけではあるが、「共同労働」という理念が原点にあり、障害者をとおした社会的弱者全体の「保護雇用」を実現する取り組みとして発展している。また、北海道の地域性を反映し、厳しい経済、雇用情勢のなか、障害者分野からの地育地就の試作のひとつとして、中小企業や市民運動とも強く連携し、関連した各種の補助金を活用した取り組みとも有機的、重層的に関連していることも注目に値する。  大阪府箕面市の取り組みは、競艇事業から得られる潤沢な税収を背景にして制度化された賃金支援を重点にした取り組みである。補助金は、賃金支援と施設・設備に関する補助金、支援者に対する補助金に分けられている。しかし、賃金支援は単なる賃金補填ではなく、障害者が働いた労働時間の最低賃金に基づき、その四分の三が補助されるものであり、障害者の労働の成果が反映されるようになっている。また、障害者と非障害者がともに働く「共同労働」という理念を具現かすることおとおして、地域住民とともに地域の「労働文化」を培うことにも力が注がれていることも見逃せない特徴である。  これら、各地の社会的事業所の取り組みに学びながら、三重県においても社会的事業所の制度化が検討の俎上に上りつつある。筆者の仮説は、現段階では、密接な連携の下で各地で独自の社会的事業所の取り組みのあり方が検討されるべきであるというものである。しかし、前述の「障がい者制度改革推進会議」や総合福祉部会の議論を契機に、社会的事業所を法制化しようという運動が、共同連やDPIなどを中心にして高まりつつある。これは、イタリアの社会的共同組合を参考にし、昨今、社会的企業育成法を施行した韓国と密接に情報交換を行いながら検討しているものである。 5.イタリアの社会的共同組合法と韓国の社会的企業育成法  イタリアの社会的共同組合に関しては、数々の研究成果もあり、広く知られるようになってきている。その源流は、18世紀に労働組合運動と密接に関わりながら発展してきた農協や生協などの各種の共同組合活動にさかのぼることができる。社会的共同組合が注目されたのは、1970年代からである。トリエステの精神医療改革をとおして、精神障害者の人間性の復権を求めた取り組みは有名である。これは、地域社会において精神障害者が「職住分離」することおとおして、福祉や医療に加え、労働の場と生活の場を保障しようとしたものである。この受け皿になったのが社会的共同組合であった。  その後、1980年代には、各地の自治体で社会的共同組合が制度化され、1991年には社会的共同組合法が制定された。この法制化の背景には、台頭してきた市民活動に法的な位置づけを与えるという意味もあったが、行政でも教会でもない新たな福祉、医療の受け皿の台頭により、行政経費が効率的に運用できるという意味もあった。  社会的共同組合には、主にふたつのタイプがある。A型は、社会的弱者に対して福祉、保健、教育などのサービスを提供するものであり、全体の6割程度を占めている。 B型は、社会的弱者に対して就労の場を提供するものである。従業員のうち3割は障害者や高齢者、薬物依存者や刑余者などの社会的弱者であることが求められており、社会保険料や税金の減免、官公需の優先措置なども保障されている。B型は全体の3割程度を占めている。A型とB型の混合型もある。どちらもボランティアの加入が組合員の半数まで認められている。  「保護雇用」を具現化する取り組みとして注目されているのはB型である。A型もB型も営利企業の参入は認められておらず、事業の受注は随意契約が採用されている。このように全面的に保護されているように見える社会的共同組合であるが、事業評価などの査定は極めて厳しく、事業の受注が更新されずに廃止される社会的共同組合も多くある。  イタリアに類似した制度として2007年に法制化されたのが韓国の社会的企業育成法である。通貨危機によりIMFの管理下にあった1990年代の韓国は、経済危機と大量失業時代であったが、一方で社会福祉、社会保障の大きな転換期でもあった。その典型が2000年に法制化された国民基礎生活保障法である。これは、韓国の公的扶助を近代化するものであったが、「福祉から就労へ」というワークフェア路線に乗ったものでもあった。この就労の受け皿になったのが自活後見機関である。しかし、公的扶助の受給者を対象にした自活後見機関の活動だけでは機能不全があり、社会的弱者全体を対象にする新たな雇用施策の必要性が検討されてきた。  社会的企業育成法に基づく社会的企業には、イタリアと同じように、社会的弱者に対して福祉、医療などのサービスを提供するタイプと、社会的弱者に対して就労の場を提供するタイプとその混合型がある。社会的企業の分野は、保健、福祉、医療に加え、保育や教育、環境や文化など多岐にわたっている。経営形態には営利企業も認められているが、民法上の公益法人や社会福祉法人、生協や農協、非営利団体など、これも多岐にわたっている。  社会的企業育成法では、社会的弱者は「脆弱階層」と呼ばれている。具体的には、障害者や高齢者に加え、低所得者や長期失業者、性売買被害者などが含まれている。これら「脆弱階層」が、社会サービス提供型の社会的企業では利用者の5割、就労型の社会的企業では労働者の5割、混合方の社会的企業では利用者の3割と労働者の3割を占めることが求められている。一方、社会的企業には、社会保険料や税金の減免に加え、「脆弱階層」の人件費の補助金と専門スタッフの人件費の補助金、施設・設備の補助金があり、経営、税務、労務などのコンサルティングも受けられるようになっている。 6.障害者の就労と所得保障の課題  これら、社会的事業所のあり方を検討することは、福祉的就労でもない、一般就労でもない「谷間の就労」の課題と方向性を明確にし、障害者雇用施策全体を向上させることになる。しかし、その波及効果は、障害者の労働・雇用分野に限定されない。「第一次意見」でも、今後の障害者雇用施策の対象を「就労の困難さ」に着目した社会モデルによる障害観に基づいた方向に見直すことが提起されている。これは、障害者雇用施策に留まらず、障害者の所得保障の中心である障害年金のあり方ともつながるものである。  障害年金は、元来「障害にともなう稼得能力の減退・喪失を補う所得保障」として位置づけられているが、それは実態を反映しているとはいえない。今後、障害年金が、日本のセイフティーネットの一環として機能していくためには、障害年金の受給要件に障害者の稼得能力を反映させたうえで社会手当化する可能性について見当していく必要があると考える。  一方、就労と所得保障の両面から阻害されているのが無年金障害者である。いまだ「すき間問題」として滞留している無年金障害者問題は、未納・未加入問題のみではない。難病や発達障害、高次能機能障害など、日本の医学モデルに偏重した障害の定義・認定では障害年金の対象にならない「谷間の障害」の無年金障害者も多く存在する。とりわけ、難病に関しては、障害年金の本来の目的である「障害による稼得能力の減退・喪失」がありながら、症状の非定型性・流動性から、障害年金の受給に至らないケースが多い。この難病をめぐる障害の定義・認定の問題は、昨年、旧政権の下で行われた障害者自立支援法の改正過程でも議論されたが、同じ理由でやはり難病は法の対象から外されたままになった。  また、昨今、障害当事者や家族、支援者のたゆまぬ努力によって一般就労に結び付いた知的障害者が、「障害の程度が軽くなった」ことを理由に障害基礎年金が不支給になったり、障害の程度に変化がないにも関わらず、障害基礎年金の受給が停止されるというケースが複数あることが問題になっている。この問題に関しては、兵庫県手をつなぐ育成会が会員への調査から実態を把握し、問題解決に結びつける運動を展開してきた。調査によると、2006年から2008年の間で、「障害の程度が軽くなった」ことを理由に、障害基礎年金を6人が支給停止され、7人が減額されていた。企業などに就職したり、就職後数年経過した人が多かったという。その後、運動の成果もあり、2010年7月、社会保険庁は、各地の社会保険事務所に対して「就労によって一律に障害年金が支給されなくならないよう総合的判断が求められる」と通知するに至っている。  また、働く知的障害者が暮らす信楽通勤寮においても、2004年から2005年の間、従来であれば障害基礎年金の受給に該当する障害の程度である知的障害者に対して不支給決定が度重なった。この行政処分を不服とした知的障害者6人は、2006年、大津地裁に障害基礎年金不支給決定処分の取り消しを求める行政訴訟を提訴した。原告のうち5人は、2007年、2008年の再請求で障害基礎年金の受給に結び付いている。残り1人に関しても、2010年1月20日の判決によって不支給決定は取り消された。  被告国らは、「不支給処分の際と比べ、原告らの障害の程度は重くなっており、障害基礎年金2級の障害の程度に該当するようになっていた」と主張したが、判決はその主張を退けた。被告国らは控訴せず、この画期的な大津地裁判決は確定している8)。  これらの動向は、障害年金の今後のあり方を考えるうえで重要な問題提起をしている。前述のように、障害年金は本来「障害による稼得能力の減退・喪失を補う所得保障」であり、障害年金における障害の定義・認定は、より稼得能力に重点を置いたものになるよう再構築していく必要があるという議論がある。その際、稼得能力のアセスメントをどのようにするのかが課題になるが、それは、単に一般就労に結びついたか否かというものであってはならない。 おわりに  以上、障害者の「保護雇用」のあり方をとおして、障害者雇用における「合理的配慮」のあり方を模索すると同時に、障害者の就労と密接に関連する所得保障、とりわけ障害基礎年金をめぐる昨今の問題をとおして、障害者の就労と所得保障を一体のものとして課題にする必要性を論じてきた。しかし、本研究はいまだ問題提起の域を脱しておらず、充分な根拠と緻密な論理展開には及んでいないのが現状である。  今後も、障害当事者としての視座を重視しながら、各地の実践、運動に着目し、それらから得られる示唆を精査し、本研究を発展させていく。また、諸外国の状況に関する情報収集にも傾注していきたい。その際、EU諸国に学ぶことはいうまでもないが、障害者権利条約を批准するために各種の制度改正を行っている韓国や中国にも学んでいく必要がある。それは、同じ東アジア先進国として経済、社会に同じ特徴を持つ日本との比較をとおして、各国の課題を明確にすると同時に、問題解決の方向性を見出すことに近づくことができると考えるからである。  最後に、本研究にご協力くださった方々、ご指導くださった先生方に心からのお礼を申しあげたい。