■3−2 障害学生の大学移行支援ワークショップの開発と評価 北村弥生(国立障害者リハビリテーションセンター研究所) 【目的】 本研究では、米国モンタナ大学で実施された「障害学生のための大学移行支援プログラム」をモデルに日本版を開発し、効果を評価することを目的としました。また、日本で30年続いている「科学者を目指す高校生のための宿泊型夏期セミナー」の参加、運営経験も生かしました。 特に、発達障害学生のためのプログラム開発を目指しました。というのは、身体障害学生のニーズは認知されやすく、対処方法も経験的な知見が蓄積されているのに比べて、発達障害学生のニーズは本人にも支援者にも明確に認知されておらず対処方法もよく知られていないために、困難を言語化できずに抱えたまま中途退学する例があるからです。国立障害者リハビリテーションセンターでも、平成20年度から青年期発達障害者の就労移行モデル事業を始めましたが、これまでの参加者10名のほとんどが高等教育を目指したり、中退した方でした。 このプログラムの特徴の第一は、モンタナ大学障害学生支援部コーディネーターで、アメリカでモデルとなったプログラムを主催した渡部美香さんに参加していただくことで、米国流の考え方を直輸入できることです。渡部さんは大学卒業まで日本で生活し滞米15年の日本人ですので、米国と日本の違いをわかった上で、誤った解釈をもちこまないことが利点の第一です。欧米のものがすべてよいわけではありませんが、self-advocacyやreasonable accommodationの原型の理念や状況を肌で感じて理解することは重要だと考えました。 第二の特徴として目指したのは、安価に実現することです。このようなプログラムを普及させるための大きなポイントと考えています。 第三は、あまりうまくいかなかったのですが、介助を参加学生に手伝ってもらおうと考えたことです。 介助者が車椅子利用者の周囲にいるために話しかけられないということを避けたい。 車椅子利用者も自分で必要なことは声を出して依頼できるようになってほしい。 発達障害者は通常は「頼むこと」はあまりありませんが、「頼まれること」がそれほど負担でないことを知ることで「頼むこと」に抵抗がなくなるのではないか、と期待しました。 結論を申しますと、介助作業の遂行という面だけですと相互介助はあまりうまくいきませんでしたが、意識を聞くと違う結果になるかもしれません。 さらに、大学で単位を修得し卒業することだけが人生の目標ではないので、その後の就労、結婚、子育ても視野に入れることを意識して講師を依頼しました。 【背景】  米国では、1973年リハビリテーション法改正と1990年ADAにおいて高等教育機関が障害学生に合理的な配慮を義務づけた結果、多くの大学に障害学生支援部門ができ、支援体制と合理的な配慮の基準がかなり低いレベルでほぼ定まっています。障害学生の割合は全学生の1割程度といわれ、発達障害学生の占める割合は3割を越えています。 大学移行支援プログラムも1970年代から開始され、近年では、中学校から始めようという研究もありますが、経済的、人的資源の制約から継続性に欠けるともいわれています。 我が国は、障害者差別禁止法がなく権利意識が弱いこと、要望を明示する習慣が少ないことから、権利意識を伝える一方で、米国のモデルを変更する必要があると考え、日本版の開発に取り組みました。 【方法】  ワークショップの目的は以下の3つとしました;第一は、大学で合理的配慮を得る技術を習得すること。第二は、情報技術が修学に有効であることを知ること。第三は、当事者同士で経験・感情・対処方法を交換することです。 モンタナモデルと同じ点は、全国に募集をしたこと、2泊3日であること、同じ6課題に関する講義を実施したことです。6課題とは、1)大学で受けられる配慮、2)地域のサービス、3)情報技術の紹介、4)権利(と責任)、5)大学教員との交渉方法、6)大学教員が求めること、としました。 違う点は、第一に、モンタナでは高校生だけが対象でしたが、ここでは中学生から大学院生までになりました。 第二に、場所と時期がモンタナでは夏に大学寮に宿泊でしたが、われわれは冬休みに宿泊費が安価でバリアフリー設備が大学よりも整備されているオリンピックセンターを使用しました。 第三に、すでに特徴として述べました学生同士の相互介助を試み、ライフスパンを意識して大学卒業後の就労に関する当事者講師男女2名による講義を追加しました。また、全国レベルで高い質の講師をお願いしました。日本学生支援機構が教職員を対象に行っている研修の講師に多数お願いしました。支援側と同じ知識を学生にも持ってほしい、という理由です。モンタナでは主に学内で講師を確保していました。 そのほかに、参加学生による発表、途中からは参加学生に司会をお願いし、グループディスカッションも2つ入れました。 全体の運営は私のほかに、大学障害学生支援部門での経験のある男性2名にお願いしました。そのうち1名はボーイスカウト出身ということで、生活管理も含めて非常にお世話になりました。 車椅子利用学生4名と視覚障害学生1名のために、介助者として看護師1名、大学生4名を依頼しました。ほかに、ワークショップの全プログラムは参加者の許可を得てビデオ撮影と静止画撮影をし、ノートテイクもパソコンを使って行いました。テープ起こしと静止画で記録を作成して参加学生に提供するとともにワークショップ実施マニュアルとして活用する予定です。  参加学生の特性とワークショップに対する評価をするためには、ワークショップの前後に質問紙法による調査を参加生徒・学生(以下、参加学生)と保護者に対して実施しました。長期効果を知るためにWS開催1年後にも参加学生と保護者に対する調査を行う予定です。 【結果】 1) 応募者の概要 募集要項は合計250箇所に送りました。肢体不自由と視覚障害の特別支援学校、自閉症協会の都道府県支部、各県の発達障害支援センター、脊髄損傷協会県支部、関東の発達障害関係の親の会をインターネットで検索して探しました。ほかには、日本学生支援機構のHP,障害学会とPEP-NET JAPANのML,知人に発達障害関係のHP掲示板への書き込みやMLへの投稿を依頼しました。 応募者は男性11名、女性5名、合計16名で、体調を崩した1名以外の15名が参加しました。学年は中学生4名、高校生5名、高校卒業者1名、大学生4名、大学院生1名で、年齢は13歳から28歳でした。参加者の障害種別は、発達障害9名、肢体不自由(重複を含む)4名、視覚障害2名でした。遠隔地からの参加は2名でした。 受障あるいは診断からの年数は平均8.01年、幅0-23年で、先天性4名、受傷あるいは診断からの年数が3年以内7名の3群に大きく分けられました。 ほかに大きな特徴は、親の会の代表をしている母親が4名いたことです。つまり、新しい情報を非常に早く得て活用するご家庭のお子さんが多い、という傾向があったと思います。 この表は参加者の年齢が高い順に診断、所属機関、参加者の参加由来を示しました。参加者の由来の列で赤字にしたのは、発表者の直接の知人や知人からの紹介です。16名中12名がなんらかのつながりがあった方だったということは、広報が上手くなかったとともに、「保護者が安心するプログラムでないと参加していただけない」ということだと推測します。 また、お互いに初対面でない、というのは、非常に安心感のあることだったと思います。 2) 事前調査の結果  主催者の知り合いが多かったわけですが、全体としてどんな特徴をもった人たちか、ということを自己概念という尺度で調べました。自己概念は自己の信条を示すもので、発達課題に対応した13領域に「きょうだい関係」を追加した14領域について自己評価を4段階でしてもらった結果です。数値が大きいほうが主観的な評価が高いことを示しますが、高ければよいわけではなく、平均との差がその人と特徴と考えます。国内の3箇所での対照値が、青年とその両親についてありますので比較できるところが優れている指標です。 ワークショップ前には、参加者全員の自己概念14領域のうち「自己価値」「運動」「親友」領域の得点は対照群に比べ有意に低い値を示しましたが、14領域の合計点では有意差はありませんでした。参加者の中で自己概念を比較すると、肢体不自由者は発達障害者に比べ、「親友」「社会性」「ユーモア」「相互信頼」「きょうだい」領域の得点は有意に高く、「創造性」領域の得点は有意に低い値でした。それぞれの障害特性にあっていると考えられます。  同じ表を2度出すのが面倒なので、ここで、事後調査で自己概念がどう変わったかをお示ししますと、一番、左の列です。驚くべきことに、ワークショップ後にはワークショップ前と比べて、参加者の自己概念14領域のうち13領域で平均点は上昇し、「自己価値」と「運動」領域の得点は有意に上昇しました。私はこの尺度をよく使いますが、参加者によるプログラム評価が同程度のプログラムでも、自己概念得点はこんなに変化したことはありませんでした。ですから効果には非常に驚いています。参加学生に非常に潜在力があったから、これだけ得点が伸びたのではないかと考えています。1年後に、長期効果として、どのくらい上昇効果が残っているか、を楽しみにしています。 事前調査で「現在、学校で受けている配慮」「大学で配慮を依頼したいこと」を記載できたのはそれぞれ5名、6名しかいませんでした。 3)事後調査の結果  ワークショップの3つの目的に対して「認識した」と回答したのは「情報技術」13名、「配慮を求めること(権利擁護)」12名、「当事者同士の交流」11名と、多くが意識としては目的を達成できたことが示されました。 ただし、具体的な変化が言動に見られたかというと、「現在、学校で受けている配慮」「大学で配慮を依頼したいこと」を事前に記載できた5名であっても「対処方法の確定」をワークショップ中に達成するにはいたりませんでした。 しかし、ワークショップ後の生活の変化を聞くと、10名はワークショップで紹介された情報支援機器を実生活で使用し、10名は学校内外の交友関係が豊かになったことを報告し、13名は学校や塾で何らかの配慮依頼を自発的に行っていました。 ワークショップ全体に対する評価を5段階法で回答を求めた結果、平均4.40幅4-5で非常に高い得点でした。ワークショップの環境に関する10項目の評価得点は平均3.98幅3.11-4.80であり、その中で高得点であったのは「宿泊であったこと」4.60、「参加者との意思疎通」4.30でした。講義に対する評価得点は平均4.02幅3.40-4.70であり、「当事者講師が経験を理論的に整理した講義」が最も高い評価でした。参加者による発表、参加者司会による質疑応答、グループディスカッション、ロールプレイなどの参加型プログラムに対する評価は平均4.25幅3.90-4.80で講義平均よりも高い得点でした。「2日目夜の自由時間」に対する評価も高く平均4.67でした。 3) WS前後の主観的状況  写真の上は初日の自己紹介の時で、下は閉会式の後で「きてよかったと思う人」に対する反応の写真です。写真の色調もありますが、最初、ガチガチに緊張していて痛々しかった参加学生が、のびのびと楽しそうになったということはごらんいただけると思います。  「参加前から楽しみにしていた」は3名、わからない6名でしたので、ほとんどは、保護者に勧められてきたことが推測されます。「はじめは緊張していた」10名のうち9名「初日の夕食までに緊張はとれた」と回答しましたが、コミュニケーション方法に困難があり宿泊もできなかった学生は「最後まで緊張していた」と回答しました。  次の「ノートテイクがほしい」11名には解釈が2つあります。ひとつは、どの障害の学生もそれぞれの理由でノートを取るのが難しい、ということ。もうひとつは、会期中に「ノートテイクの電子ファイルでも印刷でもあげますから、言ってくださいね」と2度はいいましたが、誰からも要望は出ませんでした。つまり、「自分から要望を出すことはできなかった」ということです。聞かれれば、答えることはできます。こういうひとつひとつに対応していくのは、WSの3日間では無理で、地域での個々の活動での継続的な支援が必要であり、保護者または支援者との連携が求められます。  今後についての質問では、「交流機会がほしい」11名で、実際に3月末に15名中13名が都内に集まって、自分たちで企画したディスカッションとたこ焼きパーティーをしました。「講習や実習に参加したい」13名で非常に意欲的でした。MLは結局、交流会に参加した13名を登録して、現在も継続しています。 1) 経費  目的のひとつは「安価に実施する」でしたので、経費を紹介します。1回目は米国からの旅費、スタッフ講師の謝金、資料のテープ起こし費用が大きく80万円ほどかかりましたが、2回目はスタッフの数を減らし、参加費を上げて主催者側の負担は私と技術補助員の準備のための人件費を除けば10万円程度で実施しました。 【まとめ】 2) ワークショップの効果  ワークショップ中には「ニーズと対処方法を表出すること」「配慮を依頼する技術の習得」には至りませんでしたが、ワークショップ終了後には、学校で実際に交渉を行った者、交友関係が促進された者が、それぞれ参加者の3分の2、情報支援機器を使用した者は半数に達しました。また、すべての参加者が3つの目的のうちの最低ひとつは「認識した」と回答し、自己概念得点が事前に低かった領域で有意に上昇しました。これらの結果から、ワークショプは参加者の潜在力を発揮するきっかけとして機能したと考えられます。 3) 次に、モンタナモデルとの違いを3点指摘します。 第一は、応募者は中1から大学院修士課程にまで幅広く分布し、どの年代においても「配慮を依頼すること」について自覚する経験が少ないことが示されました。従って、幅広い年齢層に「大学移行支援」のニーズはあり、講習方法は年齢に応じて工夫する必要があるとしても、同一の講習内容は異なる年齢に対して有効であったと考えられます。 年齢幅が広くなったのは、初めての試行で季節もよくないために応募が少ないと予測して対象年齢を広げたからでした。結果的には高校生以上だけで12名でしたので、中学生を対象にする必要は運営上からはないと考えます。が、一方で、中学生の方が目覚しい言動の変化を示したことから、中学生を対象にして大学進学を視野に入れたプログラムを実施する意味もあると考えます。 第二は、モンタナモデルでは3日間の後の交流はありませんが、このWSでは参加学生15名中13名がMLに登録し、2か月後には自らで企画した交流会を実施しました。同様に欠席者を含めた16名中15名の母親もMLに登録し交流会を行いました。参加学生が自主的になったことに母親がどう対応してよいかわからないという回答も多く、WS後の交流継続と保護者や地域での支援に継続する必要性が示されたと考えます。 第三に、モンタナでは介助者は州政府が助成するため参加学生が地域から連れてきます。WSでは介助者を集め準備する必要があることが運営上の苦労となりました。参加学生同士の介助も実用的レベルにはならなかったため、身体障害学生の介助は今後の課題です。 4) 発達障害学生の困難と対処方法を明らかにすること、も研究目的のひとつでした。まだまだ即効的な方法は見つかっていませんが、2点を紹介します。 第一は、すでに指摘されていますが支援技術が有効であることは、ここでも示されました。ノートテイクは3分の2が希望し、ノイズキャンセリングヘッドホン、書字が苦手な学生がワープロを使うこと、読みが苦手な学生は電子図書を使うこと、要約が苦手な学生は講義を録音すること、話すことが苦手な学生が電話の代わりにスカイプを使うことなどの試みがWS終了後に行われました。 第二は、課題を共有できるピアやロールモデルに出会うことです。学校で孤立しがちな生徒がWSで共感できる困難を聞くことで、安心し、困難を認識した様子は今日の結果にはお示ししていませんが、交流会や8月に行った2回目のWSの事後調査で報告されました。 ピアは同じ障害である必要は必ずしもなく、同級生からの被差別体験について身体障害学生が、わかりやすい例を出すのに対して、全員が共感し対処方法を議論する機会もありました。 5) プログラムの発展普及 非常に効果があるプログラムであることを示しましたので、誰がどこで実施することができるかを考えました。  米国では、大学移行支援ワークショップは大学障害学生部門が夏期休暇中に高校生を対象に行う他、中学高校の通常授業での採用を検討する州もあります。 同様に、日本でも大学障害学生部門が大学教職員および学生の協力を得て大学移行支援ワークショップを実施することは、大きな経費もかからずに可能であると考えます。一大学に所属する学生が少ない場合は複数の大学による共催も有効だと考えます。私学助成の項目に入れていただけば10万円は支給されます。  日本での実行組織の第二候補は特別支援学校です。特別支援学校からの大学進学率は非常に低いため、大学進学への対策が行われていない場合が多いことは報告されています。そこで、通常は受けられないサービスとして、複数の特別支援高校の生徒を対象にした夏期セミナーあるいは学期中の宿泊体験に代えて特別講座を行うことも選択肢のひとつと考えられます。国立大学附属の特別支援学校の場合には、大学の施設使用と教職員の協力も得やすいことから、県単位での実施が見込めると考えます。  小中学校の普通学級に発達障害児童・生徒は6%程度いると報告されていますので、小学校の総合学習などで他の児童・生徒と一緒に就労や進学について考える機会に広げることも有意義と考えます。 他には、就労や福祉サービス組織での短期講座や当事者組織による実施が考えられます。 研究としては、8月に2回目のWSを実施しマニュアルを作成した後は、大学を卒業した障害学生のための就労移行支援プログラムの開発を考えたいと思っています。また、参加学生の結婚や子育てについても支援のあり方を考えていきたいと思っています。