■1−4 障害者訪問介護事業所の設立と課題 ――京都市の事例を通して―― 白杉眞(立命館大学) 【表題】 立命館大学大学院先端総合学術研究科、公共領域4年の「白杉 眞」です。よろしくお願いします。わたしは「障害者訪問介護事業所の設立と課題――京都市の事例を通して――」というタイトルで発表させていただきます。わたしは2005年から障害者職員として自立生活センターに関わっており、今年7月みずからが仲間と共に自立生活センター及び訪問介護事業所を設立しました。 【研究の目的】  まず研究の目的ですが、自立生活センター設立までの経緯、実際に何が必要でどこに苦労したのかを取り上げ、資格交付制度の課題や適切な団体への事業委託など、訪問介護事業を中心に制度的課題を提起したいと思います。そして、よりよい制度設計を検討したいと思います。 【自立生活センターとは】 全国自立生活センター協議会は自立生活センターを「@代表(運営責任者)と事務局長(実施責任者)は障害者であること、A運営委員の過半数は障害者であること、B権利擁護と情報提供を基本とし、介助派遣サービス、住宅相談、ピアカウンセリング、自立生活プログラムのなかから二つ以上のサービスを不特定多数に提供していること、C障害種別を超えてサービスを提供していること」と規定しています。以上なかで介助派遣サービスは自立生活センターの活動の一つであり、訪問介護事業は経営のための大きな収入源となるため大半の自立生活センターが訪問介護事業を行っています。 訪問介護事業所の指定を都道府県及び市町村から得るには多くの条件を整えなければいけません。その条件を大まかには人材、資金、場所にわけることができます。2009年5月から訪問介護事業所抱き合わせの自立生活センターを設立するため法人格の取得、必要な人材の確保、事業者申請など、諸手続きを行ってきました。 【訪問介護事業所設立までの経緯】  設立のきっかけとなったのは発表者と古くからの友人の再会でした。発表者は障害者職員として自立生活センターの運営に関わった経験があり、将来的には自分で自立生活センターの立ち上げをしたいと思っていました。一方、友人は企業で働き10年になります。「休みが日曜しかない状況でいまはよくても歳をとっていくにつれて体がついていくか不安があるし、将来的には自分が就職するときお世話になったように、障害者の就職支援に携わる仕事がしたい」といい、現在の過酷な労働条件に体力面で限界を感じていたようです。また、「当事者の目線からでないと解らないことってあると思うし、健常者職員が増えたら自分たちの思いを伝えたい」と、当事者主体という理念について友人も興味をもったようでした。こうした意見交換の機会を数回もつことにより可能性を探り、両者間で障害者の自立支援という点において一致し、自立生活センターの設立にむけて動くこになりました。また自立生活センターの活動をするための資金の確保として全国自立生活センター協議会が規定している自立生活センターの要件のひとつである介助派遣サービスを行うため、訪問介護事業の指定を目指すことになりました。沿革はパワーポイントで示してある通りです。 【沿革1】 2009年(平成21年) 4月:発表者と友人の間で意見交換を繰り返しました。 5月:「自立生活センタースリーピース設立準備会」発足、また、 協力者1名が参加(現、登録職員)してくれました。 6月:関係機関をまわり設立のための制度等の情報収集、同時に「当事者主体」「自立」等、理念の勉強会を自宅・喫茶店などで繰り返しました。また、特定非営利活動法人取得のための申請書類準備及び役員・会員あつめもおこないました。 8月:「特定非営利活動法人スリーピース」設立総会を開催しました。 9月:「特定非営利活動法人スリーピース」認可申請を京都府に行いました。 10月:サービス提供責任者1名が参加してくれることになりました。また、訪問介護事業所指定のための申請書類準備を進めました。 11月:常勤職員1名が参加してくれることになりました。 12月:「特定非営利活動法人スリーピース」の認可がおりました。また、周辺の大学でアルバイト募集のビラ配りや授業の一部をお借りして宣伝をさせてもらいました。結果、   登録職員3名(うち1名は初期段階からの協力者)が参加してくれることになりました。 【沿革2】 2010年(平成22年)には、 1月:「特定非営利活動法人スリーピース」登記をし、正式に設立しました。また、京都府及び京都市への居宅介護事業所、重度訪問介護事業所、移動支援事業所指定の申請準備を始めました。 3月:常勤職員1名が参加 6月:登録職員1名が参加、そして、26日付で移動支援事業所の指定を京都市から受けました。 また、7月1日付で居宅介護事業所及び重度訪問介護事業所の指定を京都府から受け、「ヘルプセンタースリーピース」が動き始めました。 現在は、「自立生活センタースリーピース」も指定相談支援事業所の指定を受けるために、京都府相談支援従事者研修を受講中です。 【整えるべき環境・条件】  以上が設立までの経緯ですが、整えるべき環境や条件をクリアしていくためにいくつもの課題に当たりました。大きくは「資金」「場所」「人材」です。1つをクリアするために新たな課題が生じたり、複数の課題を同時進行で動いたりと様々でした。 【指定基準】 指定基準ですが、従業者の員数に係る基準の概要は、「従業者(常勤換算で2,5以上)、サービス提供責任者(事業規模に応じて1人以上、管理者の兼務及び常勤換算可)、管理者(常勤で、かつ、原則として管理業務に従事するもの。管理業務に支障がない場合は他の職務の兼務可)」です。省令によると、 「指定居宅介護の事業を行う者が当該事業を行う事業所ごとに置くべき従業者の員数は、常勤換算方法で、2.5以上とする」 「指定居宅介護事業者は、指定居宅介護事業所ごとに常勤の従業者であって専ら指定居宅介護の職務に従事するもののうち事業の規模に応じて1人以上の者をサービス提供責任者としなければならない」 「指定居宅介護事業者は、指定居宅介護事業所ごとに専らその職務に従事する常勤の管理者を置かなければならない」  となっています。この既定は、重度訪問介護及び行動援護に係る指定障害福祉サービス事業についても準用されます。 また、設備及び備品等に係る基準の概要については、「事務室(事業の運営を行うために必要な面積を有する専用の事務室)、受付等(利用申込みの受付、相談等に対応するための適切なスペース)、設備・備品等(必要な設備及び備品等を確保し、特に、手指を洗浄するための設備等感染症予防に必要な設備等に配慮する)」です。省令では、 「指定居宅介護事業所には、事業の運営を行うために必要な広さを有する専用の区画を設けるほか、指定居宅介護の提供に必要な設備及び備品を備えなければならない」 と規定されています。この解釈としては (1)事務室 指定居宅介護事業所には、事業の運営を行うために必要な面積を有する専用の事務室を設けることが望ましいが、間仕切りする等他の事業の用に供するものと明確に区分される場合は他の事業と同一の事務所であっても差し支えない。 (2)受付等スペースの確保 事務室又は指定居宅介護の事業を行うための区画については、利用申込みの受付、相談等に対応するのに適切なスペースを確保するものとする。 (3)設備及び備品等 指定居宅介護事業者は、指定居宅介護に必要な設備及び備品等を確保するものとする。特に、手指を洗浄するための設備等感染症予防に必要な設備等に配慮すること。  この既定は、重度訪問介護及び行動援護に係る指定障害福祉サービス事業についても準用されます。 【訪問介護事業所設立にあたり整えるべき要素及び制度的課題】 【資金】 まず資金についてです。給付費が各事業者の銀行口座に振り込まれるのは介助者派遣の月から2か月後です。スリーピースの場合、事業開始が7月1日であり、介助者派遣も7月が初月となります。7月分の請求を翌8月10日までに京都府国民健康保険団体連合会に集計処理した情報を伝送します。その後、集計された情報に間違いがあると「返戻」として8月下旬に事業所に戻され、8月派遣分とあわせて9月10日までに再提出となります。1か所でも入力ミスがあれば、その利用者すべての給付費の入金が1か月遅れになるため最新の注意を払わなければいけません。間違いがない利用者分については9月15日に各事業者の銀行口座に振り込まれる仕組みです。つまり最初の2ヶ月間は収入がないことになります。その間も職員の人件費、事務所家賃、保険料等を支払わなければならず、少なくとも2ヶ月間の支出を見越して資金を準備する必要があります。スリーピースでも試算のもと最低限必要であろう金額を協力者の支援を受けることができました。スリーピースでは当初の試算によると登録職員は全員学生とし、ホームヘルパー受講費の全額を資金から出す予定であった。受講費は8万円前後が一般的ですので受講費を50万円を見込みました。事業が始まってからは常勤職員2名の人件費を合計で40万円、登録職員合計20万円、家賃その他必要経費を20万円、これら2か月分で合計140万円ないし150万円、予備費として50万円、総合計300万円を見込みました。また、10カ月にわたって京都市中心部で街頭カンパ活動を合計16回行った。これら合計315万円を設立資金としました。 しかし、自宅兼事務所にすることができず、別に構えないといけなくなったなどにより、登録職員の受講費は半額本人負担に変更するなどといった工夫を行いました。また、スリーピースでは経理を毎月末締め、15日に給与の支払いにしています。給付費の支払日も15日です。8月支払分の給与は全額設立資金からの捻出になるのですがが、9月支払分の給与は、銀行からの引出し時間を少し遅らせば7月の給付費が送金されているため、設立資金を節約することが可能となります。とはいえ、それでもギリギリであるため十分条件をみたすために設立資金としては400万円を準備する必要があります。 【場所】 事務所については当初、自宅兼事務所として資金の出費を抑えようとしたが、仕事とプライベートの空間を分けるために別の場所に事務所を置くことと京都府の事業所指定担当者からの指示を受け、急きょ事務所を別に構えることになりました。よって、その分の出費は多くかさんでいます。他の自立生活センターでは自宅兼事務所から始めたという声が多数あり、それに対してとくに問題は生じていないとのことで申請準備をしていく上で自宅兼事務所を禁止する必要性が感じられず、むしろ基準のハードルを上げているように感じました。こうした解釈内容は都道府県によっても異なるようでとくに京都府では全国的にも厳しいようです。 【人材】 人材については一番苦労し、長い時間をかけた部分でした。訪問介護員として発表者の支援に入っていた者が当時、所属していた事業所の雰囲気や利用者への接し方に疑問を感じており、そこで発表者の思いや自立生活運動の理念を伝えることで方向性が一致し、サービス提供責任者として加わってもらうことになりました。また当時、大学生で訪問介護員として発表者の支援に入っていた者は、卒業論文のテーマ決めの相談を受け、障害のある人の地域生活に興味があるとのことだったので発表者が関わっている自立生活センターというところがあるという話しをし、興味があるとのことだったので自立生活運動の歴史や自立生活センターの理念を伝え、また、知り合いの自立生活センターに行くとき移動支援サービスを利用して訪問介護員として同行してもらい、実際の現場を見てもらうなどを繰り返すことで設立メンバーになる貴重さを感じてくれ、2人目の常勤職員になってくれました。そのことで事業所申請の目途がたちました。その後、周辺の大学でアルバイト募集をし、指定基準である「常勤換算2.5名以上」を満たし申請しました。  サービス提供責任者の要件は介護福祉士、ホームヘルパー1級、介護職員基礎研修終了者、ホームヘルパー2級+経験3年以上ですが、例えば重度訪問介護従事者研修修了者は認められていないために重度訪問介護従事者研修を受け、数年の経験をもち、たん吸引などの経験もあり重度障害者の支援に熟練した者であってもサービス提供責任者とすることができません。一方、障害者分野とは性質の異なる高齢者分野での経験でもサービス提供責任者とすることができます。資格だけでなく分野や経験年数によって、あるいは経験の度合に応じて資格を与えるといった現在の資格交付制度を見直す必要があるのではないかと思います。 【各種助成金制度】 つぎに各種、助成金制度ですが、新規事業所を対象にしたものがあり、スリーピースも例外なくその対象となりました。スリーピースが利用及び検討した助成金制度はつぎの2種類です。 【介護基盤人材確保等助成金】  この助成金制度とは、介護関連事業主が、新サービスの提供等に伴い、都道府県知事が認定した改善計画の期間内で措置することとされた雇用管理改善に関連する業務を担う人材として、特定労働者(実務経験が1年以上あり、介護福祉士等の資格を持つ方)を雇い入れた場合に、対象労働者1人あたり上限70万円まで助成する制度です。ここで対象となっている特定労働者とは、 @社会福祉士又は介護福祉士 A介護職員基礎研修修了者 B訪問介護員1級 Cサービス提供責任者 のいずれかの資格又は修了者です。また、Cについてはサービス提供責任者としての経験を1年以上持っている者です。支給額は日割り計算によって決定され介護給付費と一緒に送金されます。 【福祉・介護人材処遇改善事業助成金】  この制度は訪問介護員の賃金の低水準、とくに新規事業所の訪問介護員の賃金の低水準を救済するためのものであり、民主党政権になって作られた制度です。介護給付である居宅介護、重度訪問介護、行動援護の1か月の収入額をもとに算出されて給付費と一緒に給付されます。期間は半年間です。 【課題】  しかし課題もあります。新規介護事業所は最初の2ヶ月間は設立資金で人件費等をまかなうことになるため、資金面で一番苦労するのは事業開始直後です。 介護基盤人材確保等助成金については特定労働者1名につき最大70万円まで助成されます。事業開始時の申請でその申請時から6カ月間が助成対象期間であり、助成金が実際に送金されるのは事業開始から6か月後です。よって即有効であるとは言い難いといえます。 また、処遇改善事業助成金は1か月のサービス提供の請求と一緒に助成金金額の請求し、給付金と一緒に送金されます。事業開始から2か月後に助成金を受けることになり、少しタイムラグが生じます。現在の厚生労働大臣が打ち出している新規事業所職員の労働条件を引き上げるという助成金制度の方向性は間違っていないと思います。しかし最も必要と思われる事業開始直後の救済策としては、事業所申請時の職員人数で金額を決定し、指定月に支払われる仕組みがもっとも有効ではないかと思います。 【まとめ】  今回、訪問介護事業所抱き合わせの自立生活センターをおよそ1年かけて立ち上げをしましたが、やはり指定を受ける環境を整えることのハードルがとても高いと感じました。先にも述べましたが人材確保に関して、例えば経験年数によって資格を交付するなど資格制度の見直しが必要ではないかと思います。また、横の繋がりはとても大事です。立ち上げにはわからないことがたくさんでてきます。そんなとき情報をくれたりするので横の繋がりは多すぎるほど作ったほうがいいと思います。  また、利用者数は徐々に増えてきていますが、立ち上がったばかりですので自立生活運動の理念や自立生活センターの活動意義をもっと職員等に伝えていかないといけません。当事者職員も増やしていく必要があります。障害者職員、健常者職員ともにどのように理念を共有し理念と事業をどのように両立させていくか今後の研究課題になると思います。  これでわたしの発表を終わらせていただきたいと思います。最後まで聞いていただきありがとうございました。