■13 手話通訳養成事業参加者の属性と動機づけについての調査研究 坂本 徳仁(立命館大学) 佐藤 浩子(立命館大学) 渡邉あい子(立命館大学) 以下では、本報告の要旨を(1)研究背景、(2)研究目的、(3)研究方法、(4)研究成果の4つの部分に分けて記すこととする。 (1)研究背景 聴覚障害者の中には先天的ないし言語獲得前に聴覚を失ったことなどが原因で、手話を主要なコミュニケーション手段として用いている人々がいる。日本の手話通訳事業は、手話を第一言語としている聴覚障害者が日常生活に支障をきたさぬように、1970年代以降、当事者運動の要求に沿う形で公的に整備されてきた。しかしながら、公的な手話通訳事業には依然として多くの課題があるものと指摘され、全日本ろうあ連盟(以下、全日ろう連)、全国手話通訳問題研究会(以下、全通研)、日本手話通訳士協会といった関連団体から様々な要望が提出されている。例えば、全通研が1990年から行っている調査では、@手話通訳者の健康問題、A手話通訳者の低賃金と非正規雇用の問題、B手話通訳者間での技術格差と研修不足の問題等が指摘されている(全日ろう連・全通研1992; 全通研1997; 2002; 2006)。また、聴覚障害者が社会の中で孤立せずに地域に根ざした形で生活していくためには、聴者との間にある情報・コミュニケーション上の格差を是正することが急務であり、手話通訳の更なる充実が求められている。 このような状況の下で、坂本・佐藤・渡邉(2009)は、金沢市、京都市、中野区といった三つの自治体での手話通訳養成事業と通訳の派遣・利用状況に関する関係者(自治体職員、手話通訳事業の委託先職員)への聞き取り及び関連資料の収集・分析作業を行ない、手話通訳養成事業と手話通訳の利用状況が抱える諸問題を指摘している。坂本らによる調査の結果、手話通訳養成事業については、@養成講座時間数や課程修了・合格基準の地域間格差、A手話サークルへの強い依存、B手話通訳者育成の困難さ、という三つの問題が存在することが報告されている。また、手話通訳の利用状況については、@平均利用件数の地域間格差、A特定項目・特定人物における手話通訳利用の集中、B手話奉仕員・通訳者の硬直性と人材不足、C手話通訳の使い分け、Dソーシャル・ワーカーとの連携の必要性、という実態が明らかになった。 本研究は、坂本・佐藤・渡邉(2009)による先行研究の結果を踏まえた上で、手話通訳養成事業の実態と課題について詳細に検討するものである。 (2)研究目的 2010年3月に一つの自治体で手話通訳養成事業についての事前調査(アンケート調査)を行なった結果、@手話講習会受講者における女性の多さ、Aほとんどの受講者が手話の難しさに途中で上達することを諦めてしまうこと、B多数の受講者が日本手話と日本語対応手話の存在を知らない、もしくは誤解していること、C手話講習会の受講動機で主要なものは職場や身近なところに聴覚障害者がいること、といった点が明らかになっている。 本研究は、事前調査の結果を踏まえた上で本調査を実施し、@事前調査で得られた知見がどの程度一般的であるのか確認すること、A面接調査から得られた具体的なエピソードを基にして、手話講習会受講者がどのようにして途中で挫折してしまうのかといった問題や受講者の動機づけにとって重要な要素を明らかにすること、B質問紙調査および面接調査の結果を基に、受講者の属性と動機づけなどの項目間の関連性を解明すること、といった三つの課題の解明を研究上の目的としている。 (3)研究方法 本研究の目的を達成するために、手話講習会の受講者等を対象にしたアンケート調査およびインタビュー調査を行なうこととする。具体的には、以下のとおりである。 ◆手話講習会受講者を対象とした質問紙調査: 2010年7月に調査協力先の三つの自治体で手話講習会を受講している参加者を対象にしたアンケートを配布・回収し、その結果を集計・分析する。アンケート用紙には、@受講者の属性(年代、職業、家族に聴覚障害者がいるか等の項目)、A受講者の動機づけや目標、B聴覚障害・手話・手話通訳に関する知識といった領域の項目を記載し、得られたデータを基に各項目間の関連性を分析する。 ◆手話講習会受講者・講師を対象とした面接調査: 2010年7月から8月までの期間中に、調査協力先の三つの自治体で手話講習会を受講している参加者および講師を対象に半構造化面接法による調査を行なう。質問項目は基本的にアンケート調査と同じもので、@受講者の属性、A受講者の動機づけや目標、B聴覚障害・手話・手話通訳に関する知識といった項目で構成されるが、動機づけや目標などについてはより具体的なエピソードを聞くことにし、手話や手話通訳に関する知識についても具体的にどの程度知っているのか聞くこととする。 (4)研究成果 今学会では、2010年7〜8月の期間中に行なわれる三つの自治体での調査を基に、研究成果を報告する予定である。具体的には、事前調査と本調査で得られた結果間の整合性や面接調査で得られた具体的なエピソードによって明らかになった事項について報告する予定である。 参考文献: 坂本徳仁,佐藤浩子,渡邉あい子,2009,「聴覚障害者の情報保障と手話通訳制度に関する考察:3つの自治体の実態調査から」,障害学会第6回大会報告論文. 全日ろう連,全通研,1992,『日本の手話通訳者の実態と健康について――全国調査の概要』,全日ろう連,全通研. 全通研,1997,『手話通訳者の実態と健康についての全国調査報告書――1996年2月調査』,全通研. 全通研,2002,『社会的健康あっての人間らしい労働とくらし――手話通訳者の労働と健康実態調査の報告』,全通研. 全通研,2006,『2005年度手話通訳者の労働と健康についての実態調査報告――手話通訳者が健康でよりよい仕事をするために』,全通研.