■12 障害者福祉における個別支援計画の日英比較 小川喜道(神奈川工科大学) 1.問題の所在 障害者が社会サービスを受けるには、手帳取得、障害程度区分の認定、ニーズ・アセスメントなど一連のプロセスを通過しなければならない。障害程度区分の認定は、106に及ぶ質問項目について、おそらく初めて言葉を交わすであろう認定調査員に対してその全てを回答し、医学的意見書を求めて場合によっては普段受診していない医師のもとへ出向き、それらをもってコンピュータ判定を受け、認定審査会では本人不参加の中で最終決定される。これらは、自らの暮らしをつくろうとする障害者の気持ちを萎えさせることもある。「依存は、専門化されたサービスの供給を通してつくられる」(Oliver, M. Politics of Disablement, 1990)とは、このようなプロセスを指していると言える。 また、入所・通所型事業においてはサービス管理責任者による「個別支援計画」を必要とする。「障害者自立支援法に基づく指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準」(H.18.厚生労働省令第171号)の第3条には「利用者の意向、適性、障害の特性その他の事情を踏まえた計画を作成」となっている。つまり、障害の特性その他の事情を踏まえることになっており、意向は検討の一つの要素である。本来、個別支援計画は本人の意向尊重に基づき地域での暮らしを組み立てられるべきであろう。  障がい者制度改革推進会議総合福祉部会における「当面の課題整理」(2010.6.7.付け)の中には、@障害者手帳がなくても申請ができる手続き、A障害程度区分による制限の廃止、Bニーズの個別評価・支給決定方式、などサービス提供プロセスの改善項目も挙げられている。そして、「本人のニーズを中心とした支援計画策定に基づく支給決定プロセスの検討」を行うこととしている。そこで、本発表では、この当面の課題の中で挙げている支給に関わる事項、その中でも個別支援計画について検討する。 2.我が国における個別支援計画の課題  現行制度は、障害者のもつ問題点が優先的に検討される傾向にある。現在、個別支援計画が義務付けられている入所・通所型事業は、行政に示すための形式的計画を作成しがちであり、施設に関わる内容を中心に訓練・作業的な項目に比重が置かれてしまうこともある。しかし、障害者が地域で暮らす上での自己決定・自己選択を満たすためには、本人を中心に置いた複数の援助者・機関が関わることになる。個別支援計画を通して、セルフ・マネジメントが促進され、自らのライフスタイルを維持し、望む暮らしを実現する、という方向にはなかなか向かわない。それは、サービス管理責任者に義務付けられている「個別支援計画」の作成、支援というものが、忙殺される業務の中に埋没し、形骸化していることもある。また、計画を作ることは行っても、障害者の力を高めていくことにつながるツールにはなっていないことも問題である。 3.イギリスの本人中心の支援計画 白書『価値ある人々』(Valuing People, 2001)は、イギリスの知的障害者に対する保健・社会ケアサービスに関する方策を示しており、そこで本人中心の計画(Person Centred Planning, 以下、PCP)を紹介している。このPCPは、政府の社会サービスにおける4原則(権利、自立、選択、インクルージョン)の中核に位置づけられている。 PCPは、知的障害者のニーズと願いに対してテイラーメイドのサポートを提供するものとして始まっている。2002年には、実践ガイダンスが提示され(Planning with People - Towards Person Centred Approaches, 2002)、ケアマネジメントとPCPがリンクすることとなった。 白書は、2003年までの優先的な対象として、長期滞在型の病院に住んでいる人、子どもから成人のサービスに移行する人を挙げ、また、2004年までに進展が期待される対象として、大型デイセンターを使っている人、70歳を超える介護者の実家に暮らしている人、国民保健サービスの居住施設に住む人、を挙げている。  「本人中心」とは、その人がしたい方法でものごとをする、すなわち自律的な生活をすることを意味する。したがって、@生活で何を望んでいるかを聞くこと、A今したいことは何か、将来したいことは何かについて自らが考えることを支援するものである。そして、何がその人にとって重要であるか、ストレングスは何か、を明確にしていく。言葉を変えれば、PCPは、本人が何をしたいかに気づくための方法であり、そして、必要とするサポート、それをどのようにすれば得られるかを見出す方法でもある(DoH: Personalisation through Person-Centred Planning, 2010)。そこが「本人中心」たる所以であろう。2007年の調査によれば、「PCPは、障害者の自立生活と真の選択とコントロールができる」と報告している(DoH: Valuing People and Research: the Learning Disability Research Initiative - Overview Report, 2007)。 4.日英の個別支援計画の比較  今回の発表では、ピープルファースト・ロンドンにおいて知的障害者の自立生活についてのヒアリング(2006, 2008, 2009)、さらに支援機関へのヒアリング(2009, 2010)、及びKing's Fund Libraryでの文献調査の結果に基づき、日英の違いについて比較する。  2、3を例示すれば、第一に、我が国では個別支援計画のフォーマットがサービス事業者主体の様式となっており、本人が自ら望んでいることを主体的に意思表示するツールとはなっていない。英国のアウトカムに焦点を当てたシートでは、自分の望む暮らしを表現するツールとして活用できるものがある。  第二に、我が国では106項目の障害程度区分の認定調査、コンピュータ判定、医師の意見書、ニーズ・アセスメントと専門職による一方的なものである。他方、英国ではサービス申請時にセルフ・アセスメントを行うよう進めている自治体も出ている。  第三に、日本では重度訪問介護が本人主導でケアをする人を選択でき、介護内容も柔軟性をもっているが、特定の肢体不自由者に限られている。英国では、障害種別に限らず「パーソナル・バジェット」「ダイレクト・ペイメント」というケアにおける障害者の主体性を保てる制度が存在する。  ここに示す日英の違いは、基本的な出発点の違いとも言える。障害者が権利としての社会サービスを受けるためには、政府が障害者の自立生活についてどのような概念をもっているか、社会サービス支給のプロセスにおいて障害者をパワーレスにしてしまうことの無い対策が講じられているか、サービスに対する障害者の主体性が保てているか、という点が重要である。すなわち、@施策の計画性、A障害者支援をめぐる理念の共有、B支援ツールの主体の位置づけ、という検討視点を見出した。発表時に、日英を比較しながら我が国の障害者福祉分野のあり方を検討したい。