障害学会第7回大会(東京大学)2010年9月25〜26日 ポスター発表 「英国の障害者自立支援における「パーソナライゼーション」の可能性と課題」 国立社会保障・人口問題研究所 白瀬由美香 1.はじめに (1)問題の所在  近年の英国では、障害者の自立生活の推進が重要な政策目標の一つとされている。そして、自立生活を実現するための要素として、社会サービスの「パーソナライゼーション(Personalisation)」が強調されている。障害者向けのケア/支援サービスは従来、地方自治体の直営サービス、もしくは地方自治体が契約した民間サービス等の現物給付が通常であった。だが、1996年にコミュニティケア(ダイレクト・ペイメント)法が制定されて以降、利用者は現金の直接給付を受け、自らケア/支援サービスを購入することも可能になった。このダイレクト・ペイメント制度に代表される、当事者の自己選択と統制・管理を重視した社会サービスの提供は、パーソナライゼーションという概念で総称されている。パーソナライゼーションは現在の医療・福祉施策においても重点課題とされ、今後も一層の進展が予想されている。しかしながら、その概念には明確な定義付けがなく、関連する諸制度との関係についても諸説ある。こうしたことから、英国においても、パーソナライゼーションとは何を意味するのか、一般には必ずしも十分に理解がなされているとは言えない状況である。政策的に推し進められるパーソナライゼーションは、どのような含意を持つのか、また今後の自立生活にとってどのような可能性と課題を持つのかを探りたい。 (2)研究目的  本稿は、英国で障害者の自立生活にとって不可欠な政策課題として位置付けられているパーソナライゼーションという概念を取り上げる。パーソナライゼーションの政策意図と実施された制度・政策との関係性を検証していく。具体的には、ダイレクト・ペイメント(Direct Payment)や個人予算(Personal Budget)など、この15年ほどの間に導入された、当事者本人による選択を重視した制度の内容を検討することによって、パーソナライゼーションの制度化のありようを明らかにする。それによって、一連の施策の可能性と課題を考察することを目的とする。 (3)研究の視点と方法  パーソナライゼーション概念が持つ本来の意図と実施された制度・政策の関係性を明らかにするため、英国政府の刊行物および内外の既存研究等に基づく文献調査を行う。 パーソナライゼーションに関する文献は、施策の進展を受けて、ここ数年で急激に増加した(ADASS, 2010; Duffy, 2010; Carr, 2010; Dickinson, 2010など)。最も広く読まれている先行研究としてGlasby & Littlechild(2009)があり、ダイレクト・ペイメントや個人予算の検討を通して、パーソナライゼーションの現況が考察されている。また、パーソナライゼーションは労働党政権下の消費者による自己選択、自己決定を重視した公共サービスの潮流とも深く関連しているのだが、その様相についてはSimmonsら(2009)が政策分野別の整理を行っている。本稿は、これらの研究成果や政府が発行する政策文書・報告書等をもとに、パーソナライゼーションの概念整理を行う。  パーソナライゼーションは障害者本人の視点を重視しているものの、従来の障害者運動が目指していた支援の在り方とは、必ずしも同じではないという指摘もある(Barnes, 2007; 田中,2005)。そこで本稿は、パーソナライゼーションの意義と問題点を検討するため、多様な障害者支援施策との関係の解明を試みる。具体的には、障害者の自立生活と関連した、ダイレクト・ペイメントや個人予算などの制度を検討し、図式化するという作業を行う。  以下、2節ではパーソナライゼーションの概念が広まった背景と現況について、公共サービスにおける消費者主権主義の進展と障害者の自立生活支援という観点から整理する。3節は、障害者施策における自立生活支援の位置付けを踏まえ、各種の自立支援関連制度とパーソナライゼーションの関係を検討する。4節は、パーソナライゼーションの推進がもたらす今後の可能性と課題について考察することで、本稿のまとめとする。 2.パーソナライゼーションの概念をめぐる現況 (1)公共サービスにおける消費者主権主義(consumerism)  パーソナライゼーションという概念は、ブレア、ブラウン両首相の労働党政権期以来、広く用いられるようになった。労働党政権は、いわゆる「第三の道」に基づく政策を推し進める過程で、@福祉の現代化と効率化、A権利と義務のバランス、B市民社会の再生、C「民主的な家族関係」の前提を重視していた(所, 2009: 7-9)。その一環として、市民による参加や選択を重視した公共サービスが推進されることとなった。  たとえば、地域の医療計画や福祉計画策定への住民参加制度の充実が図られた。また、地方自治体の業績評価に関連して、住民の関与とアカウンタビリティー向上を目的とした地域協定(Local Area Agreement)の策定が全国で行われた(長澤, 2009b:58)。さらに公共サービスの選択に関しては、家庭医(GP)から紹介される病院、公立学校への通学などについて、利用者に複数の選択肢を提示することが、政策的に進められた。  パーソナライゼーションには、政府の統一的な見解や明確な定義はないものの、総じて公共政策全般にわたり消費者主権の考えを取り入れ、市民のニーズや好みを反映したサービス実現を目指すキーワードとして捉えられている。そのため、政策領域に応じて様々な解釈に基づいて、パーソナライゼーションを目指す制度改革が進められている。  初期の議論において、Leadbeater(2004)は、福祉国家の転換への広範なアプローチとしてパーソナライゼーションを捉え、この概念が持ちうる5つの意味を提示した(Leadbeater,2004: 21-23)。   @既存のサービスに関して、より消費者が手軽に使えるインターフェイスを提供する。   Aサービス提供のされ方について、利用者に発言力を与える。   Bサービスの予算の使われ方について、利用者に直接的な発言力を与える。   C利用者を単なる消費者ではなく、サービスの共同設計者かつ共同生産者とする。   D社会の自己組織化を促す基盤やネットワークを整備する。  その後、政府が特に強調していたのは選択の拡大であり、利用者の声が重視されることになった。なぜなら、選択という行為を通じて、公共サービスの質と効率が強化され、よりニーズに即したものとなることが期待されていたからである。そして、市民に選択権が与えられることで、サービスの利用者と提供者の関係を根本から変えることが意図されていた(Simmons et al, 2009: 29) 。  そして、パーソナライゼーションへの政府の見解を示す、包括的な報告書が2007年に発表された。内閣府(Cabinet Office)の首相戦略部門(Prime Minister’s Strategy Unit)が発表した『進歩をもとに:公共サービス(Building on Progress: Public Services)』である。この報告書は、公共サービス改革の2つの柱として「パーソナライゼーション」と「平等」を挙げていた。両者の関係は、前者に基づく制度改革を通じて、後者を実現すると位置付けられる。報告書によれば、パーソナライゼーションは以下のように定義される。 パーソナライゼーションとは、サービスが市民のニーズと好みに即して提供されるプロセスである。全体的なビジョンとして、市民が自らの生活と受給サービスを形作ることができるように、国家は市民をエンパワーすべきである。(Prime Minister’s Strategy Unit, 2007:33)  このような公共サービス全体に関わる方針と同時に、福祉の現代化と効率化は政府の重要課題であったことから、福祉改革においてパーソナライゼーションは中心的な位置づけを与えられることになった。  しかしながら、パーソナライゼーションを構成する具体的な要素もまた、明確に定義付けられていない。社会福祉に大きな変化をもたらす象徴的な概念として考えられているものの、多くの不明確な点が残されたまま、パーソナライゼーションを志向する実践が進められている状況である。保健省によってパーソナライゼーションが明確に施策として言及されたのは、2007年に示された社会福祉サービスの抜本的改革構想Putting People Firstであった。障害者支援施策では、後述する個人予算などの制度を通じて、選択とコントロール、権限の付与、自立の推進を行うことなどが、パーソナライゼーションに含まれる事柄として捉えられている。(Mandelstam, 2010:110-111)。だが、こうした施策を通じて進められるパーソナライゼーションは、障害者の自立生活運動が従来目指してきた方向性とは、必ずしも一致しないようである(Barnes et al, 2006:172-173)。 そこで次項では、障害者支援の文脈において、パーソナライゼーションという概念が、どのように自立生活と結びついてきたのかを検討する。 (2)障害者の自立生活とパーソナライゼーション  障害者権利委員会(Disability Rights Commission)は、「すべての障害者が、家庭や職場において他の市民と同様に、地域社会のメンバーとして、同じ選択とコントロールと自由を保持する」ことが自立生活だと定義していた。言い換えると、自立生活とは、「障害者が「あらゆることを自ら行う」ことを必ずしも意味するわけではなく、必要とする何らかの実際の支援というものが、自らの選択と意思をもとにしてなされる」ことであるという(Prime Minister’s Strategy Unit, 2005: 70)。  英国で障害者の自立生活推進の気運が最初に高まったのは、1960年代から1970年代にかけた時期であった。そして1980年代には、@障害者運動組織の連合体の結成、A自立生活への支援を当事者自らが提供する運動の確立、B反差別法制の策定に向けた取り組みがなされ、障害者運動は本当の離陸の時期を迎えたと言われている(田中, 2005:66)。  そうした運動を受けて、障害者の自立生活にかかわる政府の施策にも、1980年代後半から変化が見られた。1988年には、労働年金省が自立生活基金(Independent Living Fund)を設立した。この基金は、ケア/支援サービスの購入、パーソナル・アシスタントの雇用のための費用を障害者に現金で給付するものであった。それを出発点として、1997年にはダイレクト・ペイメントが開始され、労働党のブレア、ブラウン政権期にはケア/支援サービスに関する現金給付が広がることになった。  ダイレクト・ペイメントは、利用者自らによるサービス選択と意思決定を促し、ケア/支援サービスにおける本人中心(person-centred)のアプローチを実現することが期待されている 。従来のサービス提供は、Duffy(2010: 203)によれば、「専門職による贈与モデル(Professional gift model)」であった。「専門職による贈与モデル」では、コミュニティの構成員が政府に対して税金を支払い、政府はサービス従事者である専門職に予算を渡し、専門職によるアセスメントに基づいて、ニーズのある個人に「贈与」としてサービスが提供される。それに対して、ダイレクト・ペイメント等の制度では、「シティズンシップ・モデル」がとられている。「シティズンシップ・モデル」では、サービスを受ける個人もコミュニティの一員である市民として、政府に納税をする。それによって、サービスの受給権が市民に与えられる。そして、受給権に基づいて、個人は専門職と必要な支援について交渉し、サービスを受けることになる。これを表したのが図1であり、パーソナライゼーションはこうした転換を促進し、自立生活を推進するものだと考えられている。 図1 「専門職による贈与モデル」と「シティズンシップ・モデル」 出典:Duffy, 2010: 204をもとに作成。 表1 パーソナライゼーションに類似した概念 本人中心の計画(Person-centred planning) 知的障害者への支援に関するアプローチ。サービスに人を合わせるのではなく、人にサービスを合わせる計画。 本人中心のケア(Person-centred care) 利用者中心の計画と同義だが、認知症ケアや高齢者向けサービスの領域でよく使われる用語。 本人中心の支援(Person-centred support) 上記とほぼ同義。「ケア」ではなく「支援」と表現。 自律的な支援(Self-directed support) In Controlプロジェクトで用いられた呼び方。パーソナライズされたケアの多様なアプローチと関連。 自立生活(Independent living) 障害者問題対策局がパーソナライゼーションのゴールとして位置付けている。 出典:Carr, 2010をもとに筆者作成。  現在のところ、ケア/支援サービスの文脈では、パーソナライゼーションは、本人中心の計画(Person-centred planning)、本人中心のケア(Person-centred care)、本人中心の支援(Person-centred support)、自律的な支援(Self-directed support)、自立生活(Independent living)などと類似した概念として、渾然一体となって言及されることが多い。これらの概念それぞれについて、要点をまとめたものが表1である(Carr, 2010: 3-22)。  けれども、上記の概念はパーソナライゼーションとまったく同義とは言えない。本人中心の自律的なケア/支援や自立生活の考え方は、障害者運動やそれに呼応したソーシャルワーク実践の中から出てきたものである。田中(2005:110-111)によれば、アメリカに比べて、英国の自立生活運動では必ずしも先鋭的な<反専門家主義>が標榜されることはなかったといわれている。だが、本人中心のケア/支援が、提供者側の視点に基づく従来のサービスを批判していることに違いはなく、反専門家主義であると捉えられる。  他方、パーソナライゼーションは政府によって推進された、消費者主権主義に基づく政策である。Barnes(2007: 179)は、パーソナライゼーションに対して、障害の社会モデルが必ずしも反映された施策ではなく、障害者と支援サービスが対等な関係に位置付けられていないとしている。なぜなら、パーソナライゼーションによって、一部の市民は「消費者」としてサービスの選択が可能になるが、その「選択する権利」はあくまで政府によって上から与えられるものだからである。つまり、自律的な意思決定を認められる人、選択することができる人を、何らかの専門職が選別するというプロセスが残されることになる。したがって、パーソナライゼーションは、一瞥しただけでは本人中心の自律的な支援をもたらすものと見受けられるが、反専門家主義とは相容れない部分も含まれる概念であると理解できる。以上をもとに、パーソナライゼーションを取り巻く消費者主権主義と反専門家主義の構図を描いたものが図2である。 図2 パーソナライゼーションをめぐる消費者主権主義と反専門家主義の構図 出典:筆者作成。 3.自立支援施策に見るパーソナライゼーションの様相 (1)障害者施策の総合化と自立生活支援 2005年1月に、首相戦略部門と労働年金省、保健省、教育技能省、副首相室は合同で報告書『障害者のライフチャンスの改善』を発表した(Prime Minister’s Strategy Unit, 2005)。この報告書は、「機会ある社会(opportunity society)」という視点で、障害者が完全に社会参加するための意欲的な行動計画を策定するものであり、障害者の参加と包摂の段階的達成を目指している。そして「2025年までに英国の障害者が生活の質を向上する完全な機会と選択権を持ち、社会の平等な構成員として尊重され、包摂される」(Prime Minister’s Strategy Unit, 2005:.7)ことを最終的な目標とした。具体的には、以下の4分野について障害者のための将来戦略を探っている。   @ 個別予算の導入による自立生活の実現を支援   A 障害児の家族へのサポートを充実   B 児童向けサービスから成人向けサービスへの円滑な移行   C 就労および雇用継続の促進と支援  英国で障害者関連の給付を受けている者は300万人程度であるが、障害を幅広く定義した場合、およそ1100万人の障害者、77万人の障害児がいると見積もられている(Prime Minister’s Strategy Unit, 2005:9)。そのため、上記の戦略を推進していくために、政府の新たな機関として、多様な省庁が所管する障害者施策の調整を図る障害者問題対策局(Office for Disability Issues)が設置された。  自立生活の推進は障害者問題対策局の主要課題であることから、2008年2月には報告書『自立生活:障害者の自立生活に関する省庁間戦略』が発表された(Office for Disability Issues, 2008)。幼少期から高齢期まで障害者があらゆるライフステージの様々な日常生活の場面で、自立して生活できるようにするため、選択とコントロールを高め、医療・住宅・交通・雇用等における障壁を取り除く5年間の戦略が策定された。本人による選択に基づく支援のありよう、それを通じて実現される自立生活は、様々な様相を示す。多様な社会資源の組み合わせによって、それぞれが独自の自立生活を構築する上で、障害者問題対策局は障害者施策を総合的かつ包括的にとらえ、今後の戦略を推進する重要な機能を担うと予想される。  パーソナライゼーションと本人本位の支援や自立生活は、先述のとおり、まったく同一のものと見なすことはできない。障害者問題対策局の取り組みを通じて浮かび上がる両者の関係を整理すると、図3のように示すことが可能であろう。まず、政府の政策課題に「自立生活の推進」があり、その実現のための方法として「本人による選択・統制・管理を高める」施策が位置付けられる。たとえば、ケア/支援サービスにおいては、個別予算やダイレクト・ペイメントなどの制度が、「本人による選択・統制・管理を高める」具体的な制度として挙げられる。そして、「本人による選択・統制・管理を高める」一連の取り組みを、「パーソナライゼーション」と呼ぶ。パーソナライゼーションは、1つの制度に集約される概念ではなく、関連する様々な制度を包括するものだと考えられる。 図3 自立生活とパーソナライゼーションとの関係 出典:小川(2009: 88)を参考に筆者作成。  このように障害者施策の最終目標であるライフチャンスの改善に向けて、パーソナライゼーションを進める総合的な取り組みが始められたところである。では、パーソナライゼーションに関連した諸制度間の関係はどのように位置付けられるのか、次項で検討する。 (2)自立支援関連制度とパーソナライゼーションの関係  1997年にダイレクト・ペイメントが開始されて以降、この10数年の間、パーソナライゼーションに関連した制度が次々に導入された。ここではまず、開始された年譜にしたがって、各制度の概要をまとめる。それに基づいて、制度間の関係を探ることとする。 ・ダイレクト・ペイメント 1997年に開始されたケア/支援サービス費用の現金の直接給付制度である。当初は16〜64歳の障害者のみを対象としていたが、その後、高齢者や障害児の家族にも拡大された。 地方自治体のアセスメントを経て、ダイレクト・ペイメントが必要と認められた場合には、サービス受給者の銀行口座に予算が振り込まれる。利用者は予算をもとにケア/支援サービスを自ら選択、契約し、その費用を提供者に直接支払う仕組みである。  また、ダイレクト・ペイメントの予算でパーソナル・アシスタントを雇用することも認められている。パーソナル・アシスタントの雇用によって、自治体やサービス事業者の提供する定型的なサービスではなく、自立生活を実現するための多様な形態のサポートを受けることが可能となる(小川,2005)。ただし雇用時には、利用者は自ら面接および訓練をし、労務管理等もしなければならない。すなわち、利用者は個人事業主としての役割を担うことになる(勝又,2008: 157)。パーソナル・アシスタントは、医療・福祉の専門職資格保有者の場合もあれば、気心の知れた近隣住民や友人、知人が雇用される場合もある。 表2 自立生活の推進に関連した制度の展開 ・Supporting Peopleプログラム 2003年に開始された高齢者、ホームレス、精神障害者、DV被害者などを対象として、住宅に関連した支援を提供するプログラムである。地方自治を管轄するCommunities & Local Governmentsが運営している。住宅関連支援サービスの資金調達、計画、モニタリングをすることで、地域レベルでのサービスの質と効果の改善を目指す。Supporting Peopleのサービスには、債務返済の相談、生活技能のトレーニング、書類の記入、請求書の支払いに関するアドバイス、緊急アラームの設置などが含まれる(Directgov, 2010)。 ・In Control プロジェクト  自律的な支援の実現を目指し、保健省や知的障害者団体の協力の下、2003年に6つの地域で事業が開始された。In Controlプロジェクトを母体として、社会的企業が設立され、現在も英国各地でケア/支援サービス提供の改革を目指し、自律的な支援の在り方を推進する活動を行っている。このプロジェクトで実施された、予算管理手法やアセスメント及びサービス提供プロセスは、個別予算のモデルとなった(In Control, 2010)。 ・個別予算(Individual Budgets) 保健省の主導により、2005年11月から2年間、13地域でパイロット事業が実施された。ケア/支援サービスに加え、自立生活に関連した様々な給付について、個人ごとに予算を統合し、総合的な見地から、本人が必要な支援を選択できるようにした。個別予算は、ダイレクト・ペイメントに比べて柔軟性があり、なおかつ多様なサービスが統合化されている特徴を持つ。予算の取り扱いには4つの方法があり、@ダイレクト・ペイメントと同様の直接現金給付、A第3者への委託による間接的支払い、B自治体による現物給付、C以上@〜Bの組み合わせとなっている。従来のダイレクト・ペイメントがケア/支援サービス費用のみであったのに対して、個別予算は住宅その他の様々なニーズへの対応を可能とした点が異なっている(IBSEN, 2008; 長澤,2009a: 55-58)。 ・個人予算(Personal Budgets) 地方自治体のケア/支援サービス(social care/support)費用に関して、個人ごとにアセスメントに基づいて予算を配分し、その範囲内で利用者本人がサービスを選択することを可能にした。個別予算と同様に、予算の取り扱いは4通りの方法から選ぶことができる。2007年にケア制度改革の構想を示したPutting People Firstは、パイロット事業中であった個人予算の全国展開を提言した 。 ・個人医療予算(Personal Health Budgets)とダイレクト・ペイメント 2009年より全国70ヶ所で実施中である。National Health Serviceのもとで提供される医療についても、退院患者の継続ケア、長期療養、リハビリ、精神保健などの領域に関して、患者ごとに予算を配分し、利用するサービスを本人が選択できるようにした。  当初は医療には現金給付を導入しないとされていたが、2010年からは個人医療予算にダイレクト・ペイメントを取り入れるパイロット事業も開始された。  こうした障害者支援施策におけるパーソナライゼーションの進展を経て、現在の諸制度間の関係は図3の右図のように示される。個別予算には、自立生活基金、Supporting Peopleによる住宅関連支援、住宅改修費、福祉用具、就労支援、医療、ケア/支援サービスなどが含まれる。個別予算の取り扱い方法は、先述のように4つの方法から選ぶことができる。初期のダイレクト・ペイメントはケア/支援サービスのみであったが、それに相当する部分が現在の個人予算である。個別予算の導入によって、各個人に配分されたケア/支援サービス費用について、利用者本人はサービス内容を選択できるだけでなく、予算管理の仕方も現金給付に限らず自分の好みの方法で行うことができるようになった。また、療養生活に関する医療費の一部も個人予算として配分され、ダイレクト・ペイメントとして受け取ることも可能となっている。  自立生活を構成する上で、本人による選択・統制・管理が最も強力に実施されるのは、ダイレクト・ペイメントであろう。しかし、ダイレクト・ペイメントを活用した自立生活を実質的に送ることができるのは、一定の管理・運営能力のある者に限られる。事実、2007年度の在宅ケア/支援サービス給付では、65歳未満の身体障害者へのダイレクト・ペイメントが2億1700万ポンドを超えていたのに対して、知的障害者には8530万ポンド、精神障害者には1275万ポンドであった。高齢者については、すべての障害種別を合わせて1億2000万ポンド程度であった(The Information Centre for Health and Social Care, 2009)。  以上から、パーソナライゼーションの進展は、自律的な選択を可能にする側面があると同時に、一部の利用者にとっては困難を感じさせる側面もあると推測される。そこで、以下では、自立生活支援におけるパーソナライゼーションの可能性と課題を考察する。 4.自立生活支援へ向けた可能性と課題 (1)パーソナライゼーションの可能性  ここまで見てきたように、パーソナライゼーションの進展は、本人本位の支援の実現に向けて、少なくとも当事者に選択権を与えるということがわかった。しかし、それだけではパーソナライゼーションがなぜこれほどまでに、英国政府によって熱心に推進されているかの説明には十分ではない。この間行われてきた新しい制度の導入やパイロット事業に対する評価から、パーソナライゼーションは次の4つの効果が期待されているといえる。  第一に、利用者の各自のニーズを反映し、ライフスタイルに合った支援を実現可能だという点である。個別予算のパイロット事業に参加した人々の大部分は、従来のケア・サービスに比べて、自らの生活を今まで以上にコントロールできるようになったと好意的に受け止めていた(IBSEN, 2008)。ただし、利用者グループごとに評価には違いもあった。精神保健サービス利用者、身体障害者は生活の質がめざましく向上し、支援サービスの質にも満足したとしていた。それに対して、高齢者は支援計画作成とその管理プロセスを負担に感じて、心理的な健康状態が低くなった。パーソナライゼーションは制度の運用の仕方によって、利用者グループごとに良くも悪くも影響を及ぼしうる。この点は、次項の課題に関するも議論でも言及する。  第二に、自立支援関連サービスの費用効率性の向上が挙げられる。特にダイレクト・ペイメントの導入は、地方自治体が直接サービスを運営したり、事業者に委託したりするよりも、費用を低く抑えることが可能であると、いくつかの文献でも指摘されているという。たとえば、英国南東部の自治体では、ダイレクト・ペイメントによって15人の利用者で3万ポンドの節約になり、さらに直営サービスに比べて2万3000ポンド分相当の追加的なサービス提供が可能になったとの報告もある(Glasby et al, 2009: 122-127)。障害者問題対策局が行ったレビューにおいても、自立生活の実現は、従来型の支援システムに比べて費用対効果が高いと結論づけられている(Hurstfield, 2007:.97)。2010年5月に政権交代があったものの、高齢化が進む中でケアの持続可能性で高めるために、いかに財源と人的資源を確保するかは、政府の重要課題として問われ続けている。現在の連立政権は福祉制度改革に関する審議会の設置と合わせて、個人予算やダイレクト・ペイメントの拡大を明言している(Cabinet Office, 2010: 30)。パーソナライゼーションに関する政府の議論は、今後も費用対効果の側面が重要な論点の一つとなることだろう。  第三に、パーソナライゼーションを通じた社会的企業や民間事業者の振興が期待されている。先述のIn Controlプロジェクトは、自律的な支援計画の作成と運用を先導する社会的企業として活動を続けている。Patterson(2010: 227)によれば、パーソナライゼーションはサービス事業者にとって絶好の機会だという。利用者へのより良いアウトカムを実現するだけでなく、新たなビジネス・チャンスや柔軟な労働環境をもたらすと考えられている。ただし、この取り組みが成功するか否かは、地方自治体の福祉予算の管理担当者(Commissioners)とのパートナーシップをどれだけ達成できるかに係っている。  第四に、多様な予算から構成された個別予算の導入は、様々な施策間の連携や統合を促す可能性があり、とりわけ医療と福祉の連携、統合されたケア/支援が促進されると考えられている。Dickinsonら(2010)は、従来型の医療・福祉関連組織によるパーソナーシップの取り組みという形ではなく、利用者が主体的にサービスを組み合わせて選択する中で、新たな連携の枠組みが構築されるであろうと指摘する。そして、サービス間のパートナーシップを伴わない、パーソナライゼーションの推進を危惧している。  以上のように、パーソナライゼーションは、障害者の生活の質を向上させるという主たる目的の実現に加え、福祉財政、社会資源の開拓、サービス連携の側面にも期待が寄せられている。 (2)パーソナライゼーションの課題  しかし、他方でパーソナライゼーションには、「選択」を促すことに伴う、以下の3点の問題が懸念されている。  第一は、選択を必ずしも積極的に望まない人の存在である。パーソナライゼーションには、当事者個人の責任が増大することに伴う制度上の限界がある。IBSEN(2008)でも指摘されていたように、個人予算の導入に心理的な負担を感じている高齢者もいる。同様の指摘は自立生活に関する別の報告書にもあり、障害者や高齢者の中には、若干の選択とコントロールさえ含まれているならば、従来通りのサービスのほうが安心感もあり、自身の責任も軽いので好ましいと考える者もいる(Hurstfield, et al, 2007:89)。つまり、予算管理やサービス確保を自ら行うことができるのは、一部の障害者に限られており、誰もが対応できるわけではない。政府が「選択」や「コントロール」を強調するのであれば、その能力が十分にある人とそうでない人との格差の存在に、いかに対処するのかが問われることになるだろう。「選択を強く望まない」という意思の尊重と、選択を促すエンパワメントの兼ね合いをどこに求めるのか、今後の議論のゆくえが注目される。  第二に、上述の内容とも関連して、自ら選択することに制約のある人への配慮の必要性である。パーソナライゼーションはDuffy(2010)のモデルにしたがえば、シティズンシップ・モデルに基づく支援である。だが、ケアや安寧、健康に関して発言することを想定したシティズンシップ・モデルを、知的障害者にあてはめ、エンパワメントするのには限界があると指摘されている(Redley et al, 2007)。その意味で、もしパーソナライゼーションがダイレクト・ペイメントへの一本化に向かっていくのだとしたら、非常に危険だと言わざるをえない。Baxallら(2009)は、パーソナライゼーションの現状は、ダイレクト・ペイメントよりむしろ個別予算を基盤とするものだと評している 。Baxallらの指摘のとおりであるならば、予算管理の仕方も含めて選択が可能な個別予算は、権利擁護制度が適切に整備されることによって、障害種別によらずニーズに即した形で利用可能な好ましい制度になりうると考えられる。  第三は先の2点に対応する必要から、パーソナライゼーションは必ずしも福祉予算の節減には繋がらず、むしろ新たな費用が生じるというものである。従来型の直営サービスの運営に比べて、個別予算やダイレクト・ペイメントは、サービス提供従事者を抱えずに済むだけでなく、予算総額の管理も容易となる。けれども、すべての利用者が同様に、本人による選択を行うことが可能ではない以上、選択をサポートするための施策が不可欠となる。けれども、選択のための情報提供や、選択を促す適切な支援の方法は、いまだ模索されている段階である。利用者の選択を手助けし、モニタリング、再検討するための費用に加え、制度運用上必要なITの導入、書類の作成、人材育成などへの投資が今後必要とされることになる(ADASS, 2010: 5)。  したがって、パーソナライゼーションが進展するにつれて、これからの地方自治体は、支援の直接的な提供者、サービスの調整者という役割から、情報提供者かつ権利擁護者へと変化していくことになると予想される。この変化は地方自治体の事業の構成の在り方だけではなく、ソーシャルワークのアプローチ、ひいてはソーシャルワーク教育にも変化をもたらすと思われる。そうなったときに、パーソナライゼーションは「反専門家主義」とも調和した概念として受け止められることになるのだろうか。現時点では、医療への個人予算やダイレクト・ペイメントの導入は試験段階であり、あらゆる自立生活支援が個別予算化されている訳ではない。どのような支援について、本人による選択がどこまで可能なのかが詳細に検証された上で、パーソナライゼーションとはいったい何を実現したのか、今後何を実現するのかが改めて問われることになろう。 謝辞:本研究は、厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業(身体・知的等障害分野)「障害者の自立支援と「合理的配慮」に関する研究―諸外国の実態と制度に学ぶ障害者自立支援法の可能性―」(研究代表者:勝又幸子)による研究成果の一部である。 参考文献 Barnes C & Mercer G, 2006, Independent Futures: Creating User-led Disability Services in a Disabling Society, Policy Press. 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