■07 男性重度身体障害者に対する射精介助の実施データと考察 坂爪真吾(NPOホワイトハンズ) 1-0 本発表の目的 本発表では、これまで、障害者福祉の世界で、「ケア」や「介助」として認識されてこなかった男性重度身体障害者に対する射精介助の実施データの発表及び考察を行う。 それを通して、射精介助の実施に学術的な根拠・正当性を付与し、重度身体障害者の日常生活において、射精介助を「当たり前に行われるべきケア」とするための社会的な普及・啓蒙に寄与することを目的とする。 1-1 射精介助の定義と内容 本発表では、「射精介助」を、「性機能自体は健全(=脊髄損傷による射精障害等が無く、医学的には問題なく射精を行うことができる身体状況)であるが、脳性まひや神経難病、筋疾患による四肢の麻痺・拘縮といった身体障害のために、自力での射精行為を行うことが物理的に困難な重度身体障害者に対して、本人の性に関する尊厳と自立の保護、そして性機能の健康管理及び廃用症候群予防を目的として、介護用手袋を着用したスタッフの手により、射精の介助を行うケアサービス」と定義する。 射精介助は、「看護」(=病気の治療、回復)を目的として行われるものではなく、「介護」もしくは「介助」(=生活の質の向上)を目的として行われるものである。 「自力での射精行為ができない」ということによる、看護の観点からのデメリット(=命に関わるような病気の原因になる、特定の病状が悪化する、など)は無いが、「生活の質を向上させる」という介護、介助の視点から見ると、「自力での射精行為ができないこと」本人のQOLを著しく低下させる、大きなデメリットになりうる。 したがって、射精介助は、性機能の「治療」や「回復」ではなく、「健康管理」「低下予防(=廃用症候群予防)」を目的として行われるものとして、定義づける。 1-2 ケア実施基準及び倫理基準 射精介助は日常生活行為の介助であるため、食事介助やトイレ介助と同様、通常の生活介助・訪問介護と同じ実施基準・倫理基準で行われる。すなわち、性に関するケアだからといって、ケアの最中に、利用者がケアスタッフの身体に触れることや、脱衣を要求する、猥褻な発言をする、といったことは一切できない。 1-3 対象者 定義に記載してある通り、射精介助は「性機能自体は健全(=医学的には問題なく射精を行うことができる身体状況)であるが、身体障害のために自力での射精行為を行うことが物理的に困難な重度身体障害者のための介助」である。したがって、下記に当てはまる人に対しては、ケアの提供を行わない。 1.健常者(=自力で、身体的・時間的・精神的、いずれの負担もなく射精行為ができる人) 2.18歳未満(各種法律・青少年健全育成条例等の規制があるため、実施自体が不可能) 3.脊髄損傷・頚椎損傷者(医学的に射精が困難な場合が多い) 4.性感染症に罹っている人 5.射精の際に、激しい不随意運動(=痙攣)、もしくは失神発作が起こる人 6.狭心症及び心筋梗塞の治療中の人 7.心血管系障害を有するなど、性行為・射精行為が不適当と考えられる人 8.低血圧(上が90mmHg未満、下が50mmHg未満) 9.高血圧(上が170mmHg以上、下が100mmHg以上) 10.脳梗塞・脳出血や心筋梗塞の既往歴が、最近6ヶ月以内にある人 2. 射精介助実施データと考察@ 【利用者編】 2-1 累計実施回数:168回(2008年4月1日〜2010年9月2日) 【障害・病気別ケア実施回数の内訳】:脳性まひが、全体の約8割を占めている。 脳性まひ(128回)、ALS:筋萎縮性側索硬化症(11回)、SCD:脊髄小脳変性症(13回)、 SMA:脊髄性筋萎縮症(3回)、筋ジストロフィー(1回)、髄膜炎(2回)、先天性視覚障害(1回)、低酸素脳症(1回)、脊髄損傷(1回)、関節リウマチ(2回)、体幹機能障害(1回)、多系統委縮症(3回)、腕切断(1回) 2-2 ケア開始から、射精に至るまでの平均所要時間:10分 射精までの平均所要時間は、スタッフの技術力やコミュニケーション能力、当日の利用者の体調や精神状況、服薬状況により変動するが、おおむね上記の平均所要時間内で終了することが多い。 2-3 ケア利用後の身体的・精神的変化 身体的な面では、「ケア翌日の起床時の勃起=『朝勃ち』の硬度が増した」「定期的な利用によって、射精までの時間が短縮された」という報告を受けている。精神的な面では、「気分がすっきりした」「気持ちが落ち着いた」など、毎日の暮らしの中で、精神的な安定感が増した、という報告が多い。 男性にとっての射精は、性機能の低下予防効果ももちろんあるが、「男性としての自信を得られる(=自分の身体が、男性としてまだ正常に機能していることの確認)」という自尊心の確保・向上も含めた、心理的な効果が大きいと考えられる。 2-4 ケア利用者の年齢別割合:平均年齢40歳 20〜24歳:3% 25〜29歳:3% 30〜34歳:25% 35〜39歳:10% 40〜44歳:19% 45〜49歳:10% 50〜54歳:10% 55〜59歳:14% 60〜64歳:3% 65〜69歳:3% 中高年の利用者が多く、若年層の利用者は少ない。40〜64歳の中高年の利用者が、全体の56%を占めている。65歳以上の利用者は少なく、全体の3%。20〜29歳の利用者も少なく、全体の6%。 2-5 ケア利用動機 脳性まひの場合、加齢に伴う身体麻痺・拘縮の進行(二次障害)による、射精行為の困難が、利用動機の大半を占める。施設入居の利用希望者の場合、「施設内での性介助がタブー視されているから」という動機が多い。 「自立生活を始めて、ようやく自分の性の問題にも注意を向けられるようになった」という動機での利用もある。 「若い女性に射精させてもらって、気持ちよくなりたいから」という直接的な理由のみで射精介助を希望する人は、ほとんどいない。なお、ホワイトハンズでは、射精介助を行うスタッフの年齢や容姿を細かく指定することはできない。 また、「性的な面のケアをしてくれる異性=恋人や配偶者の不在」という理由で利用を希望する人も少ない。実際に、恋人がいる人や、結婚して配偶者のいる人からの依頼も多い。 なかには、「女性の友達が欲しい」「スタッフに、自分の恋人になってほしい」という直接的な動機での利用依頼もまれにあるが、そういった動機での利用は、「介助」や「介護」の範疇では対処できないため、依頼段階で断っている。 まとめると、純粋に「自力での射精が困難なので、介助をしてほしい」という利用動機が大半を占める。そこに、性的な下心(実際には、男性であれば多少なりともあると思うが)が、露骨にむき出しにされるようなことは無い。 見方を変えれば、射精介助が、性風俗やキャバクラのような「エロ」「疑似恋愛サービス」ではなく、れっきとした「介護」「介助」サービスである、ということを、冷静かつ客観的に理解できる人しか、射精介助を利用できない、と見ることもできるだろう。 【データの分析と考察】・・・射精介助を受けるために必要な前提条件の存在 <要旨> 1. 重度身体障害者が、射精介助を「当たり前のケア」として理解し、日常生活において利用するためには、様々な個人的・社会的な前提条件が必要になる。 2. 射精介助を社会的に広めていくためには、「射精介助は、性的快楽を得ることを目的とした『娯楽』ではなく、性機能の健康管理を目的とした『ケア』である」という認識を障害者本人、家族や支援者に対して、説明・啓蒙する活動を行う必要がある。 上記のデータから読みとれることは、重度身体障害者が、射精介助を「当たり前のケア」として理解し、日常生活において利用するためには、様々な個人的・社会的な前提条件が必要になる、ということである。 利用者の大半は、自立生活をしている脳性まひの男性重度身体障害者である。年齢的には、「性的欲求の強い若い世代ほど、利用率は高いのでは」という当初の仮説とは異なり、若年世代の利用者は少なく、50代前後の中高年世代の利用者が圧倒的に多かった。 この原因としては、以下の3点が、仮説として考えられる。 1.【環境条件】若年世代は家族と同居している率が高いため、ケアスタッフを自宅に呼びにくい。 ⇒「家族の理解を得られないから」という理由で利用をためらう人は、かなり多い。自立生活をしている人であれば、自宅にケアスタッフを呼ぶことは基本的に容易。自立生活をしているかどうかが、射精介助の利用率と大きく関連している。 2.【心理的条件】若年世代は、性に関するケアを受けること(=他人の前で射精すること、他人の手で射精させてもらうこと)に対する抵抗感や恐怖心がある ⇒若年世代ほど、性を「基本的な生活行為」ではなく、「自分のプライドや尊厳、コンプレックスに深く関わる、特別なもの」と見なして、性に関する介助を受けることに、抵抗や恐怖心を抱く傾向がある。恋愛・結婚経験(もしくは性風俗利用経験)のある中高年の重度身体障害者の場合、性に関するケアを受けることに対しては、比較的抵抗の無い場合が多い。 3.【年齢的条件】年齢・経験面から、射精介助を「ケア」として客観的に認識することができない(=どうしても、性風俗的な「娯楽」としてみてしまう) ⇒「ケア」という認識ができないと、スタッフに対して射精介助以上のこと(身体接触や脱衣)を求めてしまったり、恋愛感情を抱いてしまったりする。 この3点は、今後、射精介助を社会的に広めていく上での、課題点でもあるだろう。 すなわち、射精介助は、性的快楽を得ることを目的とした「娯楽」ではなく、性機能の健康管理を目的とした「ケア」である、という認識を根付かせるために、障害者本人、家族や支援者に対して、射精介助の理念と目的、効果を説明・啓蒙する活動を行う必要がある。 また、射精介助の普及には、自立生活をする障害者の増加や、恋愛・結婚経験のある障害者の増加といった条件が、普及のための前提として、密接に関わってくることが予想される。そういった意味で、障害者の就労支援や自立支援、恋愛・結婚支援といった諸事業の進展にも、期待したい。 3. 射精介助実施データと考察A 【ケアスタッフ編】 3-1女性ケアスタッフの平均年齢:40歳 現在、ケアの現場で働いている女性スタッフは、全国で16名。年齢の幅は、27歳〜62歳。ほぼ全員に結婚経験があるが、そのうちの約半数は離婚経験者。 3-2 スタッフの志望動機 「ケアの理念に共感したから」「介護や看護の現場経験(=利用者や患者からのセクハラ経験)で、性機能ケアの必要性を実感したから」という志望動機が大半である。 「当たり前のケアなのだから、当たり前に行われるべき」というスタンスで、性に関するケアを特別視しない人が、比較的多い。 一部には、「性風俗店での勤務経験を生かせると思ったから」「夫とセックスレス状態になって悩んだ経験があるため、同じようにセックスから遠ざけられている障害者・要介護者の助けになりたいから」という動機で応募してくる女性もいる。 3-3 初めてケアを行ったスタッフの感想 「ケア前はかなり緊張したけれど、予想外に、簡単に射精まで導くことができて、拍子抜けした」というものが多い。「性的な意識(=いやらしいこと、恥ずかしいことをやっている、という意識)を持たずに、普通のケアとして行うことができたので、嬉しかった」という意見も多かった。 ケアに関する悩みとしては、「射精介助中に、利用者に対して、どのように声かけをしたらよいのか」「ケア中に、どこまで性的な話題を持ち出していいのか」「重度の言語障害がある利用者の場合、コミュニケーションの取り方が難しい」というものが多い。 【データの分析と考察】 <要旨> 1. 射精介助を行うスタッフには、性に関するケアを、冷静かつ客観的に行うことのできる知識と経験が必要である。 2. 明確なケア実施基準があれば、射精介助中にスタッフが感じる抵抗感や精神的負担を、かなりの程度、減らすことができる。 3. 射精介助を、日常生活における基本的な介助行為として普及させるためには、性に関するケアを「当たり前のケア」として認識・実施できる人材の確保及び育成、明確なケア実施基準の整備が必要になる。 射精介助を行うスタッフとして勤務するためには、性に関するケアを冷静かつ客観的に行うことのできる知識と経験が必要になる。ケアスタッフに既婚者(結婚・出産の経験者)が多いのは、そのためだろう。 ただ、日常的に重度身体障害者の排泄や入浴の介助を行っている介護職経験者であれば、射精介助に対しても、比較的抵抗が少ないように思える。 ケアを実施した際の感想としては、前述の通り、「性的な意識(=いやらしいこと、恥ずかしいことをやっている、という意識)を持たずに、普通のケアとして行うことができたので、嬉しかった」というものが多かった。 すなわち、射精介助のように、実施するケアスタッフ側にかなりの抵抗感や精神的負担が予想されるケアであっても、ケアスタッフに対して、明確なケアの定義や理念、実施基準を事前に提示・伝達することができれば、ケア中の抵抗感や精神的負担を、かなりの程度減らすことができる、ということだ。 この事実は、明確な理念を掲げて「性の介護」の社会化を目指している組織や個人にとっては、大きな励みになるだろう。 発表者プロフィール 坂爪真吾(さかつめ・しんご) 1981年新潟市生まれ。NPOホワイトハンズ代表。 学歴 2000年3月 新潟県立新潟高等学校 卒業 2005年3月 東京大学文学部行動文化学科社会学専修課程 卒業 職歴 2008年4月 NPOホワイトハンズ(http://www.whitehands.jp)設立 大学での講義履歴 2009年11月  信州大学医学部保健学科「ヒューマンセクシュアリティ」 2010年7月  新潟大学医学部保健学科「性の(保健)科学」 連絡先 NPOホワイトハンズ事務局 〒950-2072 新潟県新潟市西区松美台8-69 Tel 025-230-3703(平日9時-17時) Mail m@whitehands.jp MixiコミュニティID 3313135 Twitter http://twitter.com/npo_whitehands