ADAの現状と推進体制  ADA20周年を迎えた米国での短期調査から  報告者 臼井久実子・瀬山紀子 ADA(American with Disability Act:障害をもつアメリカ人法。米国障害者差別禁止法と訳されることもある)は今年、制定20周年の節目を迎えた。2008年にようやく改正法が成立、司法が狭く解釈しがちなために従来から大きな問題となってきた「障害の定義」なども書き改められた。現在は、改正法の正確な周知と適用のために、さまざまな取り組みがおこなわれている。  ADAの適用は、法制度、組織、実践、分野領域など各レベルの重なり合う課題を抱えながらも、地域に根をおろし、政府やNPOや企業など立場の違いはあるうえで全米的な取り組みとして現在進行中だ。継続した法改正作業とADAの周知・適用の原動力には、CILなどと連携するADAセンターや、ADAによってさまざまな組織に配置を義務づけられているADAコーディネーターの活動、苦情処理機関の設置などを上げることができる。  日本では、現在、障害者差別禁止法の制定が議論されている。法律には、その適用を進める仕組み、そして現実の問題をフィードバックして法改正作業を含む継続した変革を生み出していく仕組みをどうつくるか、を同時に書きこんでいくことが重要だ。  ポスターでは、特に、<ADAの推進体制>に着目し、法律を現実に役立たせるための仕組みとして、アメリカでこれまでにどのような取り組みが行われてきたのかを報告する。 2008年修正ADAについて 障害の定義 1990年 「一つ以上の主要な生活活動 :major life avtivities」を、「実質的に制限 :substantially limit」する、「身体的又は精神的な損傷 : a physical or mental impairment」を有するもの。またはそのような損傷の経歴を有するもの。又はそのような損傷をもつとみなされるもの。 2008年 修正ADAは、裁判で障害の定義が狭く判断・解釈され、障害当事者が敗訴するケースが目立っていたそれまでの状況を変えるものとなった。改めて、障害の定義は広い定義であることが確認された。 (全米ADAシンポジウムでは、個人のアセスメント・対話・オリジナルのADAの原点にたちかえることが、修正ADAの浸透と活用の上でキーワードだ、ということが、繰り返し話されていた) 障害者に該当するかの判断 1990年 ・障害の内容、程度、障害がどの程度継続していて、障害の影響は何か、緩和手段が障害をどの程度軽減しているか、といったことが、その人が障害者にあたるかどうかの判断基準とされていた。 ・器具等を使って軽減された状態でその人がまだ障害があるかどうかを判断していた。 2008年 修正ADAでは、障害の有無の判断をする際、補助器具を使用し、薬を服用するなどして障害が軽減されている場合は、障害はないことになる、という判断はできないことになった。結果、これまで、障害を理由とした解雇であるかどうか等が争われてきた裁判でも、障害がある側の主張を認める逆転判決がでるなどの変化がみられる。 ADAセンター(DBTAC)  :ADAを使いこなすための情報センター ADAの細則にもとづき、現在、全米を10のエリアに分けた各エリアに一つずつある、ADAを推進するために作られた民間組織。国立障害リハビリテーション研究所(NIDRR)、連邦教育省の予算やファンドを得て運営されている。 各センターは、DBTAC:Disability and Business Technical Assistance Center として、ADAに関する、情報提供、個人及び企業等からの相談の受付、研修機会の提供、調査・研究を行っている。センターのスタッフのなかには、障害をもつ当事者も多数含まれている。 The ADA National Network :ADAを広めるための全米ネットワーク ADAセンターの全国ネットワーク。ほぼ毎年、大会を兼ねて全米ADAシンポジウム を主催し、ADAに関わる課題を話し合う場を持ちながらネットワーク化をはかっている。2010年度はロッキーマウンテンADAセンターが担当し、コロラド州デンバーで開かれた。3日間の大会中48コマの分科会がもたれ、「修正ADAはこれまでとなにが違うのか」「小さな会社や地方の公共団体がどうやってADAを守ることができるか」などのテーマが話し合われた。全米のADAセンターで働く障害当事者、行政機関や教育機関などで働くADAコーディネーター、情報通信技術を提供する会社、ADAに伴う環境整備を進めるためのコンサルタント会社などから500名をこえる参加があった。 図:米国の区分地図と、各ADAセンター名称、対応する州地域 1.New England Connecticut, Maine, Massachusetts, New Hampshire, Rhode Island and Vermont 2.Northeast New Jersey, New York, Puerto Rico and the U.S. Virgin Islands 3.Mid-Atlantic Delaware, District of Columbia, Maryland, Pennsylvania, Virginia and West Virginia 4.Southeast Alabama, Florida, Georgia, Kentucky, Mississippi, North Carolina, South Carolina and Tennessee 5.Great Lakes Illinois, Indiana, Michigan, Minnesota, Ohio and Wisconsin 6.Southwest Arkansas, Louisiana, New Mexico, Oklahoma and Texas 7.Great Plains Iowa, Kansas, Missouri and Nebraska 8.Rocky Mountain Colorado, Montana, North Dakota, South Dakota, Utah and Wyoming 9.Pacific Arizona, California, Hawaii, Nevada and the Pacific Basin 10.Northwest Alaska, Idaho, Oregon and Washington ADAセンターの例 Hパシフィックセンター 図:パシフィックセンターのロゴ カリフォルニア州オークランドにオフィスをもつパシフィックADAセンターには、地域に多数あるCIL(障害者自立生活センター)をはじめ、法律事務所や大学、権利擁護団体など、23の地域の団体が所属している。 センターでは、年間4千件あまりの相談を受け付けており、その内容も、介助犬(サービスアニマル)のことから、就労に関わる雇用する側、される側双方からの相談、通訳者の確保やあり方についての相談など多岐にわたるという。 センターのプログラムマネージャーは、バークレーCIL代表をしていたことがあり、弁護士でもあるサリドマイドの女性、Jan Garrettさんが務めている。 図: ADA20周年記念ポスター ADA National Networkによる 合理的配慮のためのツール ADAのもとで、雇用者は、従業員に合理的配慮のリクエストフォームを用意しなければならない。 従業員は、そのフォームにそって、自分が働く上でどのような環境設定や配慮が必要か、職場においてどんな困難が予想され、どうすればそれを回避できると考えるか、といったことを明確にする。 雇用者は、もし、リクエストされた合理的配慮を結果として提供できなかった場合も、説明責任を果たし、別な方法をとる必要がある。 右は、ひな型として広く使用されている合理的配慮リクエストのためのフォーム。JAN:Job Accommodation Network が提供している。JANは、アメリカ政府機関の一つである障害雇用政策局:ODEPが運営する組織の一つ。ADAに基づく障害がある人の雇用、就労に関わる課題を解決するための情報提供等を行っている。 JANの2009年度調査によれば、雇用者の74%が、合理的配慮の提供が効果的だったと、報告している。 フォーム 雇用者が従業員に合理的配慮のリクエストを聞くためのフォーム(サンプル) A.配慮に関するリクエストについての質問 あなたはどのような配慮をリクエストしていますか? もしあなたにとって必要な配慮が何かはっきりしていないなら、どのようにしたら調べられるかわかりますか? はい いいえ 「はい」のときは、説明してください。 あなたに必要な配慮は、特に一定の時間に限られたものですか? はい いいえ 「はい」のときは、説明してください。 B. 配慮に関するリクエストの理由についての質問 あなたは、もしあるとすれば、どんな職務を行なうことに困難がありますか? あなたは、もしあるとすれば、どんな雇用上の利益を得ることが困難ですか? どんな問題が、あなたの職務遂行、あるいは、雇用上の利益の取得を、阻んでいますか? あなたは同じ問題で過去に何らかの配慮を得たことがありますか? はい いいえ 「はい」のときは、それは何でしたか、そしてそれはどれぐらい効果的でしたか? あなたが具体的な配慮を求めているなら、その配慮は、あなたをどのように助けることになりそうですか? C. その他 あなたの配慮についてのリクエストを提供する際に、役立つ追加情報を、記入してください。 _______ _____ 署名  日付 このフォームを________に返してください (フォーム仮訳 瀬山・臼井) ADAコーディネーター      :各持ち場でのADAの推進を担う役 50人以上の職員がいる政府機関と地方公共団体は、ADA第2章「公共サービス」に基づき、ADAコーディネーターを1名はおかなければならない。全米ADAシンポジウムには、州立大学などの職員をはじめ、教育機関でADAコーディネーターの役職をもって働く人も多数参加していた。職員の数は、各部署、部門、または関連する機関で働く人の数の合計で、フルタイム職員だけではなく、パートタイム職員の数も合わせた人数の合計。 ADAコーディネーターは、少なくともADAの水準を満たすため、職場や地域をふだんから点検し、改善計画を立ててその推進にたずさわり、現場での問題や苦情を受けて解決をはかる役割をもつ。ADAコーディネーターは、全米ADAシンポジウムを研修や情報交換の機会として利用している。また、ミズーリ大学とグレートプレインADAセンターによって開発された「ADAコーディネータートレーニングのための認定プログラム」といったものもある。 ある自治体の例:ある町には、フルタイムの職員30人とパートタイムの職員20人がいる。このなかには、警察署員10人と消防署員8人も含まれる。この場合、職員総数が50人なので、この町にはADAコーディネーターを1名置くことが義務付けられる。また、ADAに基づいた苦情処理手続きの確立も必要となる。 政府機関の動きかた 苦情を、法務省や教育省や雇用機会均等委員会EEOC:U.S.Equal Employment Opportunity Commission に提出することが、重要な第一歩になっている。 全米ADAシンポジウムでの報告によれば、教育省は「苦情の連絡を受けた時、180日以内には9割のケースを解決している。子どもが虐待や入学拒否にあったときに、そんなに長い時間をかけていられないので、できるかぎり迅速な解決をこころがけている」という。教育省が差別と判断したときは学校への連邦補助金を打ち切ると同時に法務省が提訴する。ただし、大半は裁判に至る前に解決しているという。 苦情の提出 左は、苦情を法務省に提出するフォームで、人による差別と行政組織や機関による差別を分けて記入するかたちになっている。 内部の苦情処理手続きにのせたか、のせた場合その結果はどのような状態か、すでに苦情を提出した先があるか(たとえば裁判所、地域の権利擁護団体など)を記入する。 提出者の名前、住所、電話番号、差別をおこなったと提出者が確信している対象の人や行政組織や機関の名前、連絡先を書くほか、ほかの機関や裁判所に提出するかどうかについても記述する欄がある。 ADA第2章とリハビリテーション法504条に基づく苦情フォーム(部分) Title II of the Americans with Disabilities Act Section 504 of the Rehabilitation Act of 1973 Discrimination Complaint Form Instructions: Please fill out this form completely, in black ink or type. Sign and return to the address on page 3. Complainant: Address: City, State and Zip Code: Telephone: Home: Business: Person Discriminated Against: (if other than the complainant) Address: City, State, and Zip Code: 税制がサポートする仕組み 企業がバリアの除去やアクセシビリティのために使う経費について、国税庁が、小企業むけの税額控除と、全ての企業にむけた課税控除を設けている。 [囲み記事] 税額控除は、バリアの除去およびアクセスを可能にする手段や設備の経費を相殺する。前年度総収入が100万ドル以下で全日就労従業員数30人以下の企業に適用される。控除額の上限は年間最高10,250ドルで、経費の50% をカバーする。 課税控除は、バリア除去と改修費用を申請でき、上限額は年間15,000ドルで、全てのビジネスに適用される。 *納税義務と徴税する国の責務が基底にある。日本にみられるような、納付金を財源に障害者を雇用した企業に助成金を出す制度とは、基本的に異なる仕組みで、推進されている。 −−−− 20年前、障害当事者運動による声と大きな期待のなかでADAが作られた。そして、この間、アメリカでは、ADAを人々の生活、職場、地域社会のなかに根付かせるためのさまざまな取り組みが、政府機関も含む公的な組織や民間の組織、そして、そうした場で働く障害当事者たちを含む多くの人たちによって進められてきた。なかでも、ADAセンターやその全米のネットワークは、ADAを推進する大きな原動力になってきたことが今回の調査を通してわかった。法律は、作られただけでは、本来必要な人が使える道具にはならない。日本でこれから作られる予定の障害者差別禁止法を、使える道具にしていくためにどのような仕組みが必要なのか。今回の調査で持ち帰った資料をさらに読み進めながら、日本での今後必要となる課題を考えていきたい。 参考文献およびURL集 ADA Guide for Small Businesses (日本語版のタイトル:小規模ビジネスのためのADA案内書)米国法務省およびDBTACsが作成したパンフレット 2009年? Peter Blanck 講演「アメリカ ADA法の現状と将来展望」於日本障害者フォーラム(JDF) 2009年 http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/law/090710seminar/index.html Tamako Hasegawa長谷川珠子「アメリカにおける障害者雇用の実態と2008年ADA改正法」福祉労働121 現代書館 2009年 P32-42 Tamako Ishikawa石川珠子「米国における障害者差別禁止と合理的配慮をめぐる動向」『障害者雇用にかかる「合理的配慮」に関する研究−EU諸国及び米国の動向−』調査研究報告書NO.87 独立行政法人障害者・高齢者雇用支援機構 2008年 http://www.nivr.jeed.or.jp/research/report/houkoku/houkoku87.html Noriko Seyama 瀬山紀子「アメリカ障害者法20周年を迎えたアメリカで-重層的な声を聞きながら」 2010年9月 http://www2.e.u-tokyo.ac.jp/~read/jp/archive/essay.html#100922 Kumiko Usui臼井久実子「全米ADAシンポジウムに参加して」2010年8月 http://www2.e.u-tokyo.ac.jp/~read/jp/archive/essay.html#1 ADA 2008年、1990年(米国アクセスボードのウェブサイト上) http://www.access-board.gov/about/laws/ADA-amendments.htm http://www.access-board.gov/about/laws/ADA.htm ADA coordinator :ADAコーディネーター (全米ADAシンポジウムのウェブサイト上) http://www.adacoordinator.org/ ADA National Network http://www.adata.org/Static/Home.aspx パシフィックADAセンター http://www.adapacific.org/ ロッキーマウンテン ADA センター http://www.adainformation.org/ Invisible Voices DVDインビジブル・ボイシズの紹介 http://www.invisiblevoices.org/ JAN:Job Accommodation Network 合理的配慮のリクエストフォーム・サンプル集(JANのウェブサイト上) http://askjan.org/links/adapolicies.html ひな型として広く使用されているフォーム(ワード文書ダウンロード) http://askjan.org/media/raform.doc National ADA Symposium :全米ADAシンポジウム http://www.adasymposium.org プログラムパンフレット PDF版 http://www.adasymposium.org/ProgramSmallFile.pdf テキスト版 http://www.adasymposium.org/Program.rtf 2010年シンポジウムを伝える映像(スライドショー) http://www.adasymposium.org/2010Slides.html U.S. Access Board:米国アクセスボードhttp://www.access-board.gov/about.htm U.S. Department of Educationike 教育省 http://www.ed.gov/ U.S. Department of Justice Home :法務省(司法省) 法務省ウェブサイト上のADAのページ http://www.ada.gov/ 苦情提出用フォーム(法務省ウェブサイト上) http://www.ada.gov/t2cmpfrm.htm US.Equal Employment Opportunity Commission:EEOC:雇用機会均等委員会 http://www.eeoc.gov/ 合理的配慮実施のガイダンス(EEOCのウェブサイト上) http://www.eeoc.gov/policy/docs/accommodation.html#3 The Internal Revenue Service :米国国税庁 http://www.irs.gov/ 企業のバリア除去と税制について http://www.ada.gov/taxcred.htm 日本 障がい者制度改革推進会議 http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/kaikaku.html#kaigi 障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)2010年6月 http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/pdf/iken1-1.pdf 上記のほか、全米ADAシンポジウムが登録者に提供した資料を参照し作成 2010年9月23日現在