■05 長期療養施設に入所している神経難病患者および家族の経験 田中恵美子(東京家政大学) 1. はじめに わが国では「社会的入院」の解消を目指して次々と医療制度改革が行われ、2006年には介護療養型医療施設の2012年度末廃止が決定された。昨年の政権交代時の民主党の公約ではその凍結が掲げられていたが、現在も施設数は減少し、政権交代による変化はみられていない。 障害福祉分野でも、2004年厚生労働省は、身体障害者や知的障害者の入所施設の新設に対し、特別な場合を除き、補助を行わず、今後は障害者が地域で生活するための支援体制充実を行うと全国の自治体に通知した。いわゆる『施設から在宅』を目指す動きは、政策的展開として高齢・障害を問わずに進展しつつある。  このような政策側の状況とは別に、すでに1970年代から重度障害を抱えながら、施設ではなく地域で暮らすことを目指す人たちが出現し、今日では全国各地に自立生活センターが設立され、自立生活を送る人々が増加していることは周知のとおりである。1980年代の住民参加型在宅福祉サービスの発展などとも合わせ、本人や家族が、高齢になろうとも、重度の障害を抱えていても地域で生きることを望んできた結果としても、現在の『施設から在宅』への流れがある。 ここで対象を神経難病患者に限定した場合、人工呼吸器を中心とした様々な医療的ケアを必要とするため、長らく病院での長期療養が中核を占めてきた。しかし、医療機器・技術の開発や医療制度の変化により、1990年代から徐々に在宅での生活を希望し、それを実現する患者も出現してきた。すなわち、神経難病患者においても『施設から在宅』への流れは同様にあるといえよう。 しかしながら、『施設から在宅』へという流れが全面的に、一方向的に進んできたわけではない。有料老人ホームをはじめ、民間の入所施設はその数を増やしている状況にある。神経難病者についても施設入所を希望する場合も少なくないが、人工呼吸器の装着等医療的ケアの必要性により、入所を希望しても拒まれることも少なくない。そうした状況の中で、神経難病者や医療的ケアを必要とする人を積極的に受け入れる施設が、少数であるが、誕生するようになった。 本研究では、そのような施設のうち、同一法人で経営されている二つの施設を対象に、施設入所者及び経営者へのインタビュー調査を行い、施設入所の経緯及びそこでの生活の状況を明らかにし、今後の方向性について考察を行った。 2. 分析枠組  分析枠組として、生活構造論及び生活の資源の概念を用いる。この概略を説明すると以下のようになる。生活構造論では、生活には、日常的な運動としての慣習的な構造化されたプロセスと、環境変動を受けて従来の構造を解体し新たに再構造化していくプロセスという二つのプロセスが存在するとし、生活を動態的にとらえる点に特徴がある。本研究の場合は、発病から施設入所までの環境変動における生活構造化のプロセスと、施設生活における日常的・慣習的プロセスの双方に着目した。 生活の資源は住宅、介護労働力、資金という構造的資源と、時間、情報、アイデンティティという編成資源という二つの異なった種類の資源とし、それらが環境変動におけるプロセスと日常的・慣習的プロセスにおいてどのような状況にあるのかを分析した。  分析方法は、インタビューは録音し、逐語録を作成、プロセスごとに分類した後、各プロセスにおける語りの内容のカテゴリー化を行い、生活の資源についての語りの抽出を行った。環境変動に従った表の作成も行い、これにはインタビュー内容のほか、資料からの情報も加え、生活の資源の状況を確認した。 3. 調査対象者と方法 調査は2008年2月〜3月および2010年2月〜3月に行った。 調査方法は、大きく三つあり、第一にインタビュー調査を行った。これは二種類あり、ひとつは利用者及び家族を対象とした。可能な場合は2008年と2010年両方行い、時系列的な変化をみた。本人へのインタビューが可能であったのは2名、家族へのインタビューは6名であり、このうち、複数回行ったのは2名であった。  次に施設経営者にインタビューを行い、施設建設の経緯や現在の経営状況、今後の施設経営の方向性などについて話を聞いた。2008年、2010年に行った。 第二に、個人の記録を可能な範囲で閲覧し、記録を取った。利用者の中にはインタビューが不可能な場合もあったため、個人の記録と施設経営者のインタビュー及び施設職員のコメントにより情報を収集した。また、施設利用者の全体像を把握するため、施設経営者の許可を得て一施設の入所者の年齢と疾患、居住地を記録した。 第三に、宿泊を伴う参与観察を行った。夕方から夜にかけて調査対象者の居室で過ごす経験、夜間に施設内を巡回する施設職員に同行する経験及び一人で居室で過ごす経験について、時間経過とともに記録を取った。 表1 調査対象者概要 ■1:(対象者)本人、(性別)男、(年齢)74、(疾患)ALS、(入居年数)1か月、(出身地)都内、(コミュニケーション方法)会話、(医療状況)未。 ■2:(対象者)子ども、(性別)男、(年齢)68、(疾患)ALS、(入居年数)1年4カ月、(出身地)近隣県、(コミュニケーション方法)目Y/N、(医療状況)胃ろう、呼吸器。 ■3:(対象者)×、(性別)女、(年齢)72、(疾患)ALS、(入居年数)1年1カ月、(出身地)都内、(コミュニケーション方法)困難、(医療状況)胃ろう、呼吸器。 ■4:(対象者)×、(性別)男、(年齢)79、(疾患)ALS、(入居年数)9か月、(出身地)近隣県、(コミュニケーション方法)うつ、(医療状況)胃ろう、呼吸器。 ■5:(対象者)子ども、(性別)女、(年齢)78、(疾患)ALS、(入居年数)2年、(出身地)同県、(コミュニケーション方法)×、(医療状況)胃ろう、呼吸器。 ■6:(対象者)配偶者、(性別)男、(年齢)74、(疾患)ALS、(入居年数)7カ月、(出身地)近隣県、(コミュニケーション方法)×、(医療状況)胃ろう、呼吸器。 ■7:(対象者)×、(性別)男、(年齢)67、(疾患)ALS、(入居年数)4年、(出身地)都内、(コミュニケーション方法)×、(医療状況)胃ろう、呼吸器。 ■8:(対象者)本人、(性別)男、(年齢)48、(疾患)ALS、(入居年数)1年半、(出身地)近隣県、(コミュニケーション方法)パソコン、(医療状況)胃ろう、呼吸器。 ■9:(対象者)嫁、(性別)男、(年齢)70、(疾患)ALS、(入居年数)6か月、(出身地)都内、(コミニュケーション方法)目Y/N、(医療状況)胃ろう、呼吸器。 ■10:(対象者)姉、(性別)男、(年齢)65、(疾患)脊髄小脳変性症、(入居年数)6年、(出身地)都内、(コミュニケーション方法)目Y/N、(医療状況)経鼻。  倫理的配慮として、インタビュー対象者には調査協力に対する承諾書に署名してもらった。筆者は誓約書を作成し、個人情報の保護及び公表時に個人を特定されないよう、配慮する旨を誓い、双方の書類を交わした。 4. 調査結果と分析(概要)  施設入所の要因として、介護労働をめぐる課題があった。そのうち、ひとつは本人を含む複数の障害者の存在、未婚・離婚により生殖家族が存在しないなど家族内の介護労働を担う人材不足が挙げられた。次に人材はいるが、就労や疾病等介護労働に従事できない場合もあった。加えて、本人の身体上の特徴として、特に男性の場合、身長が高い、骨格がしっかりしているなど、人材がいても介護を担えない状況もあった。さらに在宅時の社会サービスについては、介護保険の利用はあったが障害サービスは利用している例はなかった。  詳細な調査結果のまとめと分析は発表に公表する。