■02 専門職論を再考する――障害者運動における専門家批判に定位して 堀智久(筑波大学) 1.研 究 目 的  1970年代以降の障害者解放運動や自立生活運動が生みだした重要な思想のひとつに、専門家批判の思想がある。障害者は、専門家主導による施策の策定やサービスの提供を批判し、当事者は障害者であること、依存的で受動的な存在として扱われるのではなく、消費者としてサービスを受けることを主張してきた。  一方で、専門職論の見地からは、かつての専門家優位とクライエント劣位を前提とする理論的視座から、クライエントの自己決定や主体性を重視する理論的視座へと変容を遂げてきている。とりわけ、1970年代以降のフリードソンの著書『専門職支配』(Professional Dominance)に代表される専門職論は、医師の自律性を生じさせる構造的要因や歴史的背景を説明してきた(Freidson 1970a=1992, 1970b; Conrad and Schneider [1980]1992=2003等)。だが、これらの社会学的説明が前提にしているのは、あくまでも医師と患者の関係性であり、障害者運動における専門家批判の含意を十分に汲み取っているかどうかは、再考の余地があるといえよう。  本報告では、医師と患者の関係性を中心に専門職論を学説史的観点から整理し、また障害学的見地からこれまでの専門家批判をめぐる社会学的説明が依拠する理論的視座の限界性を明らかにすることを目的とする。具体的には、T.パーソンズの病人役割とE.フリードソンの専門職支配の議論を中心に専門職論の学説史を簡単に確認し、また米国の1970年代以降の障害者運動に定位することから、障害者運動における専門家批判の独自性を浮き彫りにする。 2.研究の視点および方法  まず、3-1では、専門職論が、1970年代の異議申し立ての時代を経て、かつての専門家優位とクライエント劣位を前提とする理論的視座から、クライエントの立場や自己決定を重視する理論的視座へとシフトしていることを確認する。次に、3-2では、米国の1970年代以降の障害者運動に定位することから、パーソンズの病人役割に照らして、消費者運動や患者の権利運動における専門家批判との異同を確認し、障害者運動における専門家批判の射程を明らかにする。 3.研 究 結 果 3−1.専門職論と専門家批判――パーソンズからフリードソンへ  1950年代から1960年代にかけて、パーソンズは、専門職に対する好意的な姿勢を示しながらも、社会統制装置としての医療という観点から、専門職である医師と患者の関係性を論じる。パーソンズは、社会学の立場からはじめて病人役割(sick role)について言及し、「病人役割に関する制度化された期待体系には、4つの側面がある」(Parsons 1951=1974: 432)と述べる。このうち、「第3の要素は、『回復』しようとする義務を伴う、それ自体望ましくないものとしての病気の状態」を受け入れる義務であり、「第4の……要素は、……専門的に有能な援助、すなわち……医師の援助を求める義務、および回復しようとする過程で医師と協力する義務である」(Parsons 1951=1974: 432-3)。  一方で、パーソンズの病人役割は、その後、公民権運動、消費者運動等が噴出した1970年代の「クライエントの反逆(revolt of the client)」(Haug and Sussman 1969)の時代を経て、痛烈な批判に晒される。とりわけ、フリードソンの著書『専門職支配』(Professional Dominance)は、1970年代の権威への懐疑という時代意識を、その言説において忠実に反映している。すなわち、フリードソンにとって、パーソンズの病人役割で前提とされている医師優位と患者劣位の関係性は、けっして双方の役割義務の遵守によって相互に利益をもたらす関係性ではなく、むしろ搾取や抑圧を生じさせる支配関係にほかならない。フリードソンは、医療における専門職支配の解決策として、患者の立場や自己決定を重視する観点から、医師の広範な自律性を組織的に規制することを提案する。 3−2.障害者運動における専門家批判の射程――第3の役割への批判  米国では、1970年代以降、障害者の自立生活運動が、公民権運動や消費者運動の流れを継承し、障害者の自己決定権を主張する観点から、専門家主導の障害者支援サービスに異議を唱えてきた。この点で、障害者の自立生活運動は、消費者運動や患者の権利運動と同様、契約関係や取引関係をモデルに専門家と障害者の関係性の平等化を目指す運動であり、パーソンズの病人役割に照らすならば、第4の役割である「医師(専門家)に援助を求め、協力する」役割義務の改善運動である。  だが、障害者運動における専門家批判が、パーソンズの病人役割でいう第4の役割の改善運動、すなわち、専門家との関係性において障害者の社会的地位の向上を目指す運動にとどまらないことは明らかである。たとえば、米国の障害文化運動は、哀れみの対象であり健気な障害者という伝統的障害者観の払拭を目指す運動であり、パーソンズの病人役割に照らすならば、第3の役割である「病気(障害)を否定的に捉え、回復に努める」役割義務の拒絶を意味している。この点で、1970年代以降の専門家批判を理論化するフリードソンをはじめとする多くの専門職論は、医師(専門家)と患者(障害者)の平等化の主張にとどまっている点で、障害者運動における専門家批判の含意を、十分に汲み取っているとは言い難い。専門職論が、こうした障害者の障害を肯定する主張を、いかにしてその理論的視座の内部に取り込んでいけるのかは、障害者の視点を重視する障害学の見地からも、きわめて興味深い主題である。 [文献] Conrad, Peter and Joseph W. Schneider, [1980]1992, Deviance and Medicalization: From Badness to Sickness, Philadelphia: Temple University Press.(=2003,進藤雄三・杉田聡・近藤正英訳『逸脱と医療化――悪から病いへ』ミネルヴァ書房.) Freidson, Eliot, 1970a, Professional Dominance: The Social Structure of Medical Care, New York: Atherton Press.(=1992,進藤雄三・宝月誠訳『医療と専門家支配』恒星社厚生閣.) ――――, 1970b, Profession of Medicine: A Study of the Sociology of Applied Knowledge, New York: Harper & Row. Reprinted in: 1988, Chicago: University of Chicago Press. Haug, Marie R. and Marvin B. Sussman, 1969, "Professional Autonomy and the Revolt of the Client," Social Problems, 17(2): 153-60. Parsons, Talcott, 1951, The Social System, Glencoe: The Free Press.(=1974,佐藤勉訳『社会体系論』青木書店.) 1