■01 障害のある従業員の就業上の支障と事業所が行う配慮や工夫 沖山稚子(高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター) 「高齢化社会における障害者の雇用促進と雇用安定に関する調査研究」(平成22年度終了:報告書97)における郵送調査と聴き取り調査から把握できた障害のある従業員の就業上の支障と事業所が行っている配慮や工夫について報告する。 1.問題の所在 障害者権利条約の批准を巡り、「合理的配慮」の具体的な内容についての議論が活発である。条約が批准された場合は「合理的配慮を欠くと差別とみなされる」ので、関係者の関心は高い。労働政策審議会の議論の状況は議事録が公開されているので、「合理的配慮」提供の枠組みや「合理的配慮」の対象とするには不適当とされるものなどに関する意見が確認できる。(「第44回労働政策審議会障害者雇用分科会議事録」平成22年3月30日) 本報告では、実際の事業所が障害のある従業員に対して行っている「配慮」や工夫について事例を通して、「事業所に期待される配慮」とは何かを検討したい。「配慮」という言葉は日本では日常的に頻繁に使用され、その意味や範囲は相当ファジーである。本報告でも「目配り、気配り、心配り、慮り」というやや曖昧な意味で使用しており、その配慮を欠いても差別とは到底みなされない(と思われる)ものまでを扱った。 2.事業所郵送調査の結果から 事業所を対象とした郵送調査では7割前後の事業所が従業員(障害の有無に関わらず)の中高年齢化に対して何らかの配慮の実施をしていると回答した。その内容をみると、「体力を要する作業をへらす」、「通院時間を保障する」「作業施設や設備を改善する」はいずれも障害者の方が高く、従業員全般に比べそれぞれ6〜9ポイントの差がある(図1=テキスト版では表示不可能)。 3.聴き取り調査の結果から (1)無意識化され確認しにくい事業所における配慮 事業所を訪問し実施した聴き取りの場面では、「就業上の支障はない」だから「とくに何も配慮していない」との回答に多く出会った。しかし実態は当事者(障害のある従業員、事業所担当者)が自覚せず無意識に行っていたものや、時間経過とともに配慮と意識しなくなったものまであることが分った。 「作業用具の変更」の事例は、筋力が低下した高齢従業員のために、調理に使う大きな鍋(1つ)で処理していた作業を、小さな鍋3つに分けたという工夫である。当初は「とくに何もしていない」と事業所は回答しており、何回かの質問を繰り返す過程で判明したものである。無意識に展開されていた配慮や工夫として注目に値する。 図2 作業用具の変更(筋力が低下した高齢従業員のために) ※テキスト版では表示不可能 (2)聴き取りから確認できた配慮と工夫の例 事業所訪問し、障害のある中高年齢従業員と事業所担当者から聴き取り確認できた事例の一部を紹介すると次のとおりである。 表1 事業所による中高年齢障害者に対する配慮と工夫の例 ■事業所内 □担当業務の検討:求人募集した作業に対応できないことが判明したが、本人に可能な作業に担当を変更(聴覚障害)。長期にわたる同一作業に伴う体調不良にともない、他部門への配置転換を実施(脳性マヒ)。 □作業時間の調整:残業時間の制限を行うほか、本人の希望に合わせて短時間労働への移行(知的障害・肢体不自由)。 □作業能率の要求水準:他の従業員に比べ作業が遅いことを容認(知的障害ほか多数)。 □一部の作業を代行:筆記が難しい従業員の作業日誌作成を同僚が代行(知的障害)。車内清掃、料金の清算業務が不完全なドライバーを上司・同僚が補助(下肢障害)。 □作業遂行の保証:筋力の低下にあわせ、使用する容器を規格品から小型のものに変更(高次脳機能障害)。 □作業指示、連絡の徹底、始業・終業・危険の通知:メモ、簡単な手話、メール、書きポン(筆談用具)を活用、パトライトの設置(記銘障害、聴覚障害、聴覚障害)。 □健康維持:低血糖の従業員に顔色を確認しつつ水分や糖分を提供(知的障害)。通院休暇の配慮(障害種類は多数)。褥そうの消毒・ガーゼ交換の支援(脊髄損傷)。トイレ等の所要時間が長くなるのを容認(頚椎損傷)。 □昼食時の支援:社員食堂のトレイ運搬を食堂職員が代行(小脳変性失調症)。 ■通勤途上 □通勤支援:公共路線が整備されていない寮からの通勤を支援(知的障害)。運転技能が低下した従業員を同僚等が送迎(脳性マヒ)。 ■生活の場 □定期的な連絡:日常的に支援機関・医療機関等の関係機関と連絡をとり情報交換(知的障害、精神障害)。 (3)軽微な配慮の数々と就業の成立 事業所だけでなく支援機関なども提供元となる複数の配慮が就業を可能としていた重度の高齢知的障害者の事例もあった。(表2)。このような場合、配慮の中には軽微にみえるものがあるが、それら全ての集積によって就業や生活が可能になっていた。 表2 複数の配慮の結果就業が成立している例(重度の高齢知的障害者の事例) ■就業時間の設定(短時間就業)。 ■上司による定時の水分・糖分補給の示唆(持病の悪化を防止)。 ■店舗業務終了時の清掃を免除(繁忙時の事故や怪我の回避)。 ■地域の支援機関との日常的な連絡。 □昼食、夕食の提供(健康管理、苦手な調理負担の軽減)。 □金銭管理 (注)□の配慮事項は地域の支援機関によって提供されている 表2で示した事例についてICF関連図を用いて説明しよう(図3=テキスト版では表示不可能)。同事例では事業所における配慮に加え、事業所外での配慮・工夫・援助が合わせて機能し就業上の支障の軽減をもたらしていることが分る。ICFの視点では配慮・工夫・援助は環境因子に位置づけられる。この事例(重度の高齢知的障害者)においては、左下「環境因子」における軽微なものを含む配慮の数々が複合的に促進要因として作用して、この従業員の就業が保たれていると理解できる。 すなわち、事業所からの配慮(就業時間や作業の配分等)は活動の<している活動>中、1週間に25時間就業、清掃業務の実行を可能にしている。同じく環境因子に位置づけた地域活動センターによる援助の諸々が活動<できる活動>中簡単な調理、管理下での金銭管理、決まった場所の交通機関を利用した移動を支えている。さらに食事サービス(昼食・夕食)は上段の健康状態中糖尿病の改善に反映されているとともに、家事負担の多くを占める食事の準備(献立のプラン、買い物、調理、片付け等)の作業負担を軽減することを通して就業への注力を促進している。 個々の配慮の中には軽微なものもあったが、それらの配慮や工夫を組み合わせることで就業上の支障が軽減されている事例もみられた。聴き取りにおいて留意した視点を図にすると天秤ばかりのようになる(図3)。事業所が実施している配慮や工夫は当初は「とくに何も配慮していない」と回答される場合があり、天秤皿の中に配慮が隠れている図がそれらの実態を表している。 図4−1 就業上の支障と配慮のための負担の関係 ※テキスト版では表示不可能 図4−2 就業上の支障が増加した様子 ※テキスト版では表示不可能 この事例(重度知的障害者の事例)では、さらに長期に雇用が継続すると従業員の高齢化に伴う新たな支障の発生も予想される。時間経過に伴う変化に留意することと、軽微なものを含む配慮や援助の集積のうち、どれ一つが欠けても就業の継続は脅かされることへの留意が必要である。見過ごされ無意識となりがちな軽微な配慮や工夫にも注目し、関係者間で分担してこれらの配慮を提供し続けることが障害者の就業継続には必要である。 (4)事業所に期待される「配慮」の範囲 障害のある中高年齢従業員の就業上の支障に対する配慮や工夫の実態をみると、(当事者たちが)意識しているか、無意識に行っているか、また事業所の内か外か、作業に関することか作業以外のことか等さまざまな形態のものがみられた(表3)。事業所に期待される「配慮」としては、主にハイライトを付けた部分が妥当といえよう。 表3 配慮、工夫の実施(事業所の内外、作業に関すること・その他)※テキスト版では表示不可能 <「合理的配慮」の内容に関する共通理解> 実際の事業所現場では本報告で示した以外にも障害のある従業員に対して多岐にわたる配慮が成されていると思われ、それらの中には実践する側で、その存在や効果が意識されていない場合もある。このような事例の発掘、内容や効果の明文化と共有化が進むことにより、「合理的な配慮」の範囲や類型化について関係者の共通理解が進むことが期待される。 障害学会のメーリングリスト上で数件の指摘があったように「reasonable accommodation」を「合理的な配慮」と訳すことに違和感を抱く向きがあることは無視できない。「合理的な配慮」を「妥当な調整」「便宜供与」など他の訳語に置き換えてみると印象は大いに変わる。「合理的な配慮」に関し現実的な議論が進展するために、訳語の選択には引き続きの吟味が必要であると思われる。