>HOME

スーダン視覚障害学生支援の現状と課題
――立命館大学における支援の現状からスーダンでの支援を考える

○植村要(立命館大学大学院)
青木慎太朗(立命館大学大学院)
韓星民(立命館大学大学院

障害学会第5回大会 於:熊本学園大学


◆要旨

Ⅰ 目的

 

障害児への教育の取り組みには、長い歴史がある。堀は、障害者問題についての諸説を社会的な問題として捕らえなおし、歴史的変遷から障害児教育のパラダイムについて考察している(堀 1994)。中村・荒川は、ヨーロッパと日本における障害児に対する公教育の歴史的変遷を記述している(中村・荒川 2003)。

これらの記述の中に、ほとんどといっていいほど登場しない地域が、アフリカである。では、アフリカでは、障害児教育に対する取り組みがなかったかというと、かならずしもそうではない。亀井は、フォスターという人物に注目して、今日の西・中部アフリカ諸国におけるろう者への教育と手話・コミュニティのあり方が、いかなる経緯で形成され、現在に至ったかを歴史的に明らかにした(亀井 2006)。では、アフリカにおける視覚障害児教育は、どのように行われているのか?また、これらのほとんどは、初等学校における公教育を対象にしている。それでは、障害児の高等教育は、どのように行われてきたのか?

 途上国の障害者の開発について、森は、近代の成長モデルでは、障害者は開発の外に置かれて、慈善の対象にされてきたが、途上国の障害者への援助においては、先進国と同じ道を行って、同じ課題を抱えることのないように行わなければならないこと、また、途上国の障害者は、障害の問題だけでなく、非障害者と同じく貧困・失業・差別の問題の両方にさらされていることに注意が必要であること、などを指摘する(森 2008)。この指摘を踏まえて、本報告は、視覚障害のある学生・院生が大学で学習・研究を遂行するために必要とする支援を充実させるために、日本とアフリカの現状を捉え直し、今後の取り組みに向けての課題を整理するものである。

 アフリカの現状としてはスーダンを取り上げ、CAPEDS(Committee for Assisting and Promoting Education of the Disabled in Sudan:スーダン障害者教育支援の会)の活動を事例とする。国際援助機関の取り組みが人道援助・復興支援を重視するのに対して、見過ごされがちな障害者への教育の充実を目的に活動するのがCAPEDSである。その中心メンバーは、ハルツーム大学を卒業後、日本の大学に留学している3人の視覚障害のある学生である。このCAPEDSの活動から明らかになるスーダンにおける視覚障害のある学生への支援の現状を整理する。

 日本の現状としては、立命館大学の取り組みを事例とする。2007年の障害学会第4回大会では、立命館大学における障害学生支援を題材に、4つのポスター発表が行われた。報告者らは、視覚障害のある学生が必要とする支援とその技術を整理し、立命館大学において生じた問題の一つの事例を報告した(青木・植村・後藤・成松・韓 2007、韓・青木・亀甲 2007、植村・青木・伊藤・山口 2007)。また、後藤・二階堂は、教育機関である大学における障害のある学生に対する「支援」が、結果として現状の社会に順応する(無批判な)主体の再生産を担っていることを指摘した(後藤・二階堂 2007)。

 スーダンの現状については、本報告と連続する報告である斉藤・植村・韓(2008)において報告する。そこで、本報告では、日本の現状を紹介する。こうして整理された課題を通じて、視覚障害のある学生・院生への支援のさらなる充実に向けての提案を試みる。

 

Ⅱ 全国の障害を有する学生の現状

 

 2007年度に日本学生支援機構が、国内の大学・短期大学・高等専門学校を対象に実施した障害学生の修学支援に関する実態調査では、以下の結果が得られた。

 在席する障害学生数は、5404人であり、その障害種別内訳は、視覚障害577人(10.7%)、聴覚・言語障害1355人(25.1%)、肢体不自由2068人(38.3%)、重複79人(1.5%)、病弱・虚弱703人(13.0%)、発達障害178人(3.3%)であった。この視覚障害577人の内訳は、盲137人、弱視351人、不明89人であった。

 視覚障害学生に対する授業保障実施校は、149校であり、その実施内容は、教材のテキストデータ化51校(34.2%)、拡大78校(52.3%)、点訳・墨訳63校(42.3%)、リーディングサービス31校(20.8%)であった。

 

Ⅲ 立命館大学障害学生支援室が実施する支援と、先端研院生会の要望書

 

Ⅲ-Ⅰ 立命館大学障害学生支援室が実施する支援

 立命館大学障害学生支援室が実施している支援は、以下のようである(*1)。

 

【立命館大学障害学生支援室の概要】

・機能:障害をもった学生へのサポートに関わる総合窓口。

支援技術・関連情報等の資源蓄積

・支援対象:障害学生、障害学生へサポートを提供するサポート学生、教職員

・支援対象となる障害をもつ学生:視覚障害、聴覚障害、肢体不自由等の障害により学習や学生生活に制限を受けるもので、本人が支援を受けることを希望し、かつ、その必要性が認められたもの(病気やけが等により、一時的に障害を負った学生も含む)。

・支援範囲:正課授業を受ける上で必要な事項。

 

【障害をもつ学生への支援内容】

・共通:入学前相談。履修・事務手続きの情報保障。語学・演習・実習科目における配慮。授業担当教員への配慮事項の相談・伝達。情報機器の利用支援。設備整備。

・視覚障害にかかわるサポート:教材のテキストデータ化・拡大。点訳(語学・ゼミ指定教科書など一部)。対面朗読。代筆。介助者の紹介。

・聴覚障害にかかわるサポート:通訳者の紹介(ノートテイク・パソコンテイク)。

・肢体障害にかかわるサポート:教室配置の調整。介助者の紹介(ポイントテイク、身体介助)。駐車スペースの確保。多目的スペース(休憩など)の確保。

・その他:点字用紙・フロッピーなどの消耗品、テキスト代、コピー代、調査や実習時の交通費など障害があることによって生じる特別な経費の補助。

・定期試験時の配慮:時間延長、別室受験、点字受験などの配慮。

 

・サポートを受けるまでのながれ:

1.申し込み → 2.相談 → 3.書類の提出 → 4.サポートの開始

 

【サポート学生への支援内容】

・サポートスタッフへの支援:ボランティア保険への加入、サポートに関する相談、スキルアップ講座など。(サポートの内容によっては、謝礼あり)

・サポートスタッフ登録のながれ:1.支援室へ連絡 → 2.コーディネーターによる説明 → 3.サポートスタッフ登録 → 4.学生サポートスタッフの活動開始

 

【教職員への支援内容】

教職員への支援:障害学生が所属する各学部の職員と、受講する科目担当教員に対する、コーディネーターによる相談・情報提供

 

Ⅲ-Ⅱ 先端研院生会の要望書

 立命館大学大学院先端総合学術研究科(以下、先端研)院生会では、学習・研究環境の改善・充実を求めて、先端研教授会と継続的な話し合いの場を設けている。今年度は、その一つとして、立命館大学における障害学生支援の改善を取り上げた。要望書では、まず支援室が実施する支援を得て、院生が研究活動を遂行する上での問題を5点指摘し、続いて11点の要望を申し入れた。

 以下に、先端研教授会を通じて障害学生支援室に提出した要望書の要点を記す(*2)。

 

【問題点】

A.支援室専従スタッフの不足 … 2008年4月現在、視覚障害学生担当は、コーディネーター2名とテキスト校正専従1名(後者は平日午後のみの勤務)

B.支援を必要とする個々の大学院生のニーズと、支援室が提供を想定していた支援の乖離 … 支援室は、学部生向け・所属キャンパス内に限定した支援のみを想定

C.利用手続きの煩雑さ … 月毎・事前に詳細な利用計画を提出しなければならない

D.支援金額の年額上限の低さ … 2008年度から引き上げられたが、大学院生への支援として十分とはいえない

E.支援金額の年額上限まで支援を受けた場合、それ以後次年度初めまで支援を受けられなくなる … そのばあい私費での業務依頼,無償ボランティアの紹介も不可

 

【要望点】

1.支援金額の年額上限の撤廃、ないしは、さらなる増額

2.障害学生の学会などへの参加・報告に際して、同行する介助者への介助料および旅費の支給(学生本人への旅費支給は求めていない) … 障害者自立支援法にもとづくサービスでは、不十分な点があるため

3.支援を受ける際の事前申請の簡素化および事後の柔軟な対応 … 状況の変化などによって、実際に必要とする支援と事前の申請との間にズレが生じることは(普通に生きているならば)常態である

4.支援室専従スタッフの増員

5.支援室登録スタッフに支払われるテキスト校正の単価の引き上げ … TA,RAなどの他の業務に比して、単価が低い

6.障害学生支援のために、日本私立学校振興・共済事業団から大学に支給されている補助金の全額を、原則として障害学生への直接支援に充当すること … 立命館大学における当該補助金の使途は、キャンパス内のバリアフリーを目的としたインフラ整備に重点的に投入されているが、公共施設であるキャンパス内のバリアフリー化は当該補助金の有無に関わらずなされるべきことである

7.支援室登録スタッフに対する学生・院生の私費による業務(支援)の依頼を可能とすること … 上記E.および休学時における支援として必要

8.図書館における予約書籍の授受・返却手続き、および書籍のコピー(テキスト化用)の申請・授受・返却手続きを、代理人も可とすること … 本人以外不可となっている現状では、有職および遠隔地在住の障害学生の利用が困難

9.障害学生および受験希望者に対する、立命館大学における障害学生支援制度の周知徹底 

10.中長期的な課題として、休学中の障害学生への支援、および障害を有するPD・OD・研究生への支援の検討

11.障害学生にたいするニーズ調査の早急なる実施

 

Ⅳ 論点整理

 

 Ⅲに記した立命館大学障害学生支援室が実施する支援と、先端研の要望書から、視覚障害をもつ学生への支援の中心的な課題が、紙媒体の文字情報へのアクセスの支援であることがわかる。Ⅱに記した調査結果では、多くの大学などで何らかの形の文字情報へのアクセスの支援を実施しているが、多くの大学などで実施していないことが示されている。とすると、立命館大学障害学生支援室は、障害学生支援への取り組みの先駆的事例の一つとみることができるだろうが、そこにはⅢ-Ⅱに記した問題点も存するのである。

 以下では、ここまででわかった視覚障害学生への文字情報へのアクセスを支援する上での論点を整理する。

 

【1.財源の確保】

 中心的な課題は、財源の確保といえるだろう。一つは、設備費である。テキストデータ化、点訳、拡大、対面朗読といった媒体を変更するいずれの方法においてもパソコン、スキャナー、OCRソフト、コピー機、点字プリンター、これらの機器を設置する部屋、および対面朗読のための部屋が必要になる。これは、機器購入時に必要な一時的な経費である。そして、これらの維持費が継続的に必要になる。

 また一つは、人件費である。上記の機器を活用して文献の媒体を変更する作業に対して支払う対価である。これは、視覚障害学生が文献の媒体の変更を要するごとに、継続的に必要となる経費である。

 加えて、下記する人材の養成にかかる経費も必要である。

 

【2.技術を習得した人材の確保】

 媒体の変更、とりわけ点訳には一定の技術の習得が必要になる。まずこれらの技術を習得した人材が要請されなければならない。媒体の変更には多くの時間を要するため、視覚障害学生が文献の講読を希望してから作業完了までを速やかに行うためには、より多くの人材が求められる。加えて、それら多くの人材に対する作業の割り振りなどのコーディネートをする担当者も求められる。

 

【3.学習支援と研究支援の位置づけ】

 立命館大学障害学生支援室では、その支援範囲を「正課授業を受ける上で必要な事項」としていることからもわかるように、支援範囲を学習支援のみに限っている。学部生からはとりたてて要望が提出されていないところを見ると、その支援が円滑に実施されているものと推測される。しかし、学習よりも研究に重点が置かれる院生においては、Ⅲ-Ⅱに記した要望が提出されている。これは、研究支援を支援範囲としない障害学生支援室の提供する支援のみでは、その研究活動が十全に遂行できていないことを示している。

 

 以上は「作業」と「費用」という二つの負担の分配の問題として考察することができる。

 立命館大学における取り組みでは、「作業」は、障害学生支援室および支援室が養成した学生サポートスタッフが担っている。「費用」は、大学に補助金を支給するという形で、日本私立学校振興・共済事業団が担っており、支援をその補助金の範囲内にとどめていることからすると、立命館大学は「費用」の負担を担うことを拒否しているといえる。

 しかし、立命館大学がこの負担を担うことは、不当な負担の分配であるともいえる。「配慮の平等」(石川 2004)という観点からいえば、紙媒体の書籍は、視力がある者のみに配慮をした形式であり、視覚障害をもつ者など一部の者を、配慮の対象から除外しているのである。であるなら、この負担は、本来は出版社が担うべきものともいえる。現に担っている出版社もある。一部の出版社・書籍については、書籍奥付に「テキストデータ引換券」が添付され、それを出版社に郵送することで、その書籍のテキストデータが読者に提供されるのである。

 また、一部には、読者の要望に対しても、テキストデータを提供しない出版社もあり、植村は、その背景に著作権法、印刷技術、コスト、出版社内のルールが関係していることを明らかにした(植村 2008)。たとえ著作権法上の問題が解消されたとしても、技術的な理由からテキストデータを提供しえない書籍は、以前として残る。テキストデータは組版がDTPで行われるようになって以降の書籍について作成しえるものであり、DTP以前の技術で組版された書籍については、テキストデータの作成に用いる印刷用データが存在しないのである。しかも、そのような書籍は膨大に存在する。これをテキストデータ化する「作業」および「費用」の負担を、誰が担うべきかが考えられなければならない。現状においては、その書籍の講読を望む視覚障害者やボランティア団体が担っているが、それはやむをえないからであり、不当なことといわねばならない。

 

Ⅴ スーダン視覚障害学生支援への提案

 

 視覚障害をもつ学生への紙媒体の文字情報へのアクセスの支援には、設備費・人件費・人材養成費のための財源と、作業とコーディネートを担う人材が必要である。しかも、これは十分な両が継続的に確保されなければならない。加えて、学習支援と研究支援の両者にわたる制度設計が必要である。

 さらに、大きな枠組として、視覚障害者の紙媒体の文字情報へのアクセスに要する「作業」と「費用」の負担の分配がいかにあるべきかを検討する必要がある。

 

<注>

(*1)本節は、立命館大学障害学生支援室ホームページを要約したものである。

(*2)本節は、先端研院生会が、2008年度に先端研教授会に提出した要望書を要約したものであり、草稿段階で、先端研院生会の指示に従って必要な修正を加えた上で、掲載の許可を得て掲載するものである。

 

<参考文献>

・青木慎太朗・植村要・後藤吉彦・成松一郎・韓星民, 2007, 「視覚障害学生支援の技法・1――情報保障の方法と課題」障害学会第4回大会ポスター発表.

・CAPEDS(Committee for Assisting and Promoting Education of the Disabled in Sudan:スーダン障害者教育支援の会) http://capeds.org/default.aspx

・後藤吉彦・二階堂祐子, 2007, 「大学の障害学生「支援」についての一考察」障害学会第4回大会ポスター発表.

・韓星民・青木慎太朗・亀甲孝一, 2007, 「視覚障害学生支援の技法・3――情報保障のための活字読み上げ支援技術の現状と課題」障害学会第4回大会ポスター発表.

・堀正嗣, 1994, 『障害児教育のパラダイム転換──統合教育への理論研究』柘植書房.

・石川准, 2004, 『見えないものと見えるもの――社交とアシストの障害学』医学書院.

・亀井伸孝, 2006, 『アフリカのろう者と手話の歴史』明石書店.

・森壮也 編, 2008, 『障害と開発――途上国の障害当事者と社会(研究双書No.567)』日本貿易振興会アジア経済研究所.

・中村満紀男・荒川智, 20031020, 『障害児教育の歴史』明石書店.

・日本学生支援機構学生生活部特別支援課, 200806, 「平成19年度(2007年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書」

・立命館大学障害学生支援室 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/ac/kyomu/drc/index.html

・斉藤龍一郎・植村要・韓星民, 2008, 「スーダン視覚障害学生支援の現状と課題――スーダンに今必要な技術支援と当事者による支援」障害学会第5回大会ポスター発表.

・植村要, 2008, 「出版社から読者へ、書籍テキストデータの提供を困難にしている背景について」『Core Ethics』4:13-24.

・植村要・青木慎太朗・伊藤実知子・山口真紀, 2007, 「視覚障害学生支援の技法・2――立命館大学における視覚障害のある大学院生への支援についての一事例」障害学会第4回大会ポスター発表.
UP:20081004


>HOME