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障害学の動向と到達点:Disability & Societyを手がかりに

○佐藤貴宣(大阪大学大学院)・松原崇(大阪大学)・青木千帆子(大阪大学大学院)・秋風千恵(大阪市立大学大学院)・安岡愛理(大阪大学大学院

障害学会第5回大会 於:熊本学園大学


◆要旨

■本研究の背景
1960年代後半から1970年代中葉にかけて先進資本主義諸国を中心として同時多発的に勃興した障害者による社会運動を背景としてDisability Studies(障害学)は誕生する。とりわけ健常者中心主義的社会体制を痛烈に批判し、「できなくさせる社会」(DISABLING SOCIETY)の抑圧性を問題化することを通じて直接的に障害学の成立に貢献したのは米国の自立生活運動の実践であり、英国における「反隔離身体障害者同盟」(UPIAS)の運動であった。これらの運動によって提起された思想や主張がやがて、障害者運動に深くコミットしていた故アーヴィング・ケネス・ゾラやヴィク・フィンケルシュタインといった研究者の手によって理論的に体系化され、障害学という知的実践へと結実するのである。
1986年にはアメリカ障害学会(SDS)が設立され、同時に学術誌である“Disability Studies Quarterly”(以下DSQ)がゾラを初代の編集委員長として創刊されている(1)。
一方、イギリスでは1970年代にオープン大学において「地域社会における障害者」のコースが開講されたのを契機として障害学はアカデミズム内部に徐々に浸透し、多くの大学でカリキュラム化され定着していく(Barton & Oliver 1997)。その後、アカデミズムとしての障害学の振興を目的として1986年にフィンケルシュタインやマイケル・オリバーを主要な編集者とする“Disability, Handicap & Society”(94年に誌名を現在の“Disability & Society”(以下DS)に変更)が発刊され、以来、同誌は英語圏の最も主要な障害学のジャーナルとして英国に留まらず、障害学の国際的な展開においても重要な役割を果たしてきている(長瀬 1999)。
すなわち、現在の障害学はアメリカのDSQとイギリスのDSという2つの学術誌を中核として大きく発展し、国際的にも新たな学術領域として広く認知されようとしているのである。

■本研究の目的と対象設定
こうした状況を踏まえて、本研究は、国際的な障害学の動向と到達点を把握することにより、日本の障害学における現在の課題を同定し、今後の方向性についての展望を得ることを目的とする。
この目的を達成するため、筆者らは創刊号から最新号までのDSを対象とするトレンド分析を実施する。DSを分析対象として選択した理由は、それがDSQに比して国際性・学術性・日本への影響力という点において優勢であり、本研究の課題意識に照らして適切な対象であると判断したためである
DSはイギリス障害学の中心的な研究誌であると同時に、現在では障害学分野において最も有力な国際学術誌として独自の地位を確立しつつある。それゆえ、DSに固有の特性を明らかにすることにより、国際的な文脈における日本の障害学の相対的な位置関係を明確化することが可能となる。また、アメリカの障害学が障害についての幅広い関心の共有を軸として展開しているのとは対照的に、DSの出自であるイギリス障害学は積極的に理論体系や学問体系の整備を行ってきている(杉野 2004)。よって、DSもまたDSQに優先する学問的指向性を有し、障害学の学術誌として先端的な水準にあると評価することができるだろう。
加えて、海外から日本に紹介される障害学の業績の多くが社会モデルを基軸として展開されてきたイギリス障害学の成果に偏っているという事情がある。つまり、DSはイギリス障害学の主要な媒体として発展してきたというだけでなく、イギリス障害学の日本への導入に際しても一定の役割を果たしてきたのであり、その意味で日本の障害学へのDSの影響は小さくないと推測されうるのである。
これらの諸点を勘案し、本研究ではDSを対象とした分析を行うこととした。

■本研究の方法論と分析手順
本研究ではトレンド分析を用いた分析を行う。一般的にトレンド分析とはあるカテゴリーの時間的な変化に注目し、その変化の原因となる事象を推定する分析手法である。ここでは、1986年創刊号から2008年最新号までのDSに掲載された全論文のタイトルとアブストラクトに加え、必要に応じて特定の論文内容を一次資料として採用する。
まず、各論文の主題を類型化し、DS全体を代表しうる幾つかのカテゴリーを構成する。その上で、全ての論文をカテゴリーごとに分類し、カテゴリー別の時間的変化の実態を明らかにする。 これらの作業を通じて各カテゴリーの特徴的な変化を数量的に明示し、DSの歴史においていついかなるトピックが興隆したのかを解明する。
さらに、各カテゴリー別に内容分析を実施する。各カテゴリー内部の質的な経年変化の過程について分析し、同一対象にアプローチする方法論やパースペクティブに関する歴史的異同を明らかにする。これら一連の分析を通じて、諸カテゴリーの量的・質的変化の推移に影響を及ぼしている諸要因を推定し、DSの学術誌としての性格を特定化する。
こうして性格の特定されたDSを準拠点とすることにより、日本の障害学における現在の課題を同定し、今後の方向性を展望する。なお、詳細な分析ならびに具体的なデータは報告当日の報告を参照されたい。

【参考文献】
Barton, L. & Oliver, M. ,1997, ‘Birth of Disability Studies’“ Disability Studies: Past Present and Future”, pp. ix-xiv
長瀬修, 1999, 「障害学に向けて」 石川・長瀬編, 『障害学への招待』, 明石書店, P11-40
杉野昭博, 2004, 「まえがき」, コリン・バーンズ他著, (杉野昭博他訳),『ディスアビリティ・スタディーズ――イギリス障害学概論』, 明石書店,P3-10
(1):http://www.disstudies.org/about/history

UP:20081004


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