>HOME

だれのための/なんのための「益」なのか―改めて「応益負担」について考える―

岡部耕典(早稲田大学文学学術院)
障害学会第5回大会 於:熊本学園大学

◆要旨

本来利用者負担とはなじみにくいはずの公費負担の措置制度においても、実際は戦後の制度開始時から「公私分離の原則」を回避しつつ私費を受け入れるための便法として、応能負担による利用者負担のメカニズムは内在されていた。80年代「福祉改革」においては、このメカニズムが足掛かりとされ/「受益者負担」の考え方が梃子とされることで応能負担による利用者負担の拡大が進められたのであり、さらにそれが90年代に活発となる「公私の役割分担」論に接合されるに及んで、社会福祉の分野においても受益者負担を応能から応益へと転換していく主張がその姿を現していったという経緯がある。

しかし、実際に日本の社会福祉の制度に応益負担が組み込まれたのはこのような利用者負担をめぐる論争の帰結ですらなかった。つまりそれは、日本の社会保険制度において応益負担が採用されていたという「既成事実」をほとんど議論なく高齢者の介護を社会保険制度によって組み立てることに重ねていった1997年介護保険法成立のたんなる「結果」に過ぎなかったといえる。さらに障害者自立支援法が応益負担化された際にも、その根拠は「制度の公平性と持続可能性の確保」を担保するための「利用者の公平な負担と財政責任の確立」と形式的に説明されるのみで、当時の社会保障審議会障害者部会における福島智の提起にも関わらず、所得に応じた応能負担と利用量に応じた応益負担のどちらが「公平」であるか、また制度の「持続」を応益化がもたらすいわゆる「長瀬効果」の短期的・経験則的な受給抑制メカニズムに求めてよいのか、という検討は公の場では回避されてきた。

つまり、社会福祉への応益負担導入(介護保険)の際だけでなく、その拡大(障害者自立支援法)の際においても、「応能負担から応益負担へ」の意味するところが確認されその是非をめぐってきちんと議論がおこなわれたことはない。このことに問題はないか。

制度開始以降数回にわたり多くの複雑な減免策がビルト・インされ、限りなく応能負担化してきたではないかという声も一部にある障害者自立支援法の定率負担(応益負担)でもある。しかし、そのような修正によって「サービス利用促進効果の相対的に低い中高所得者の負担の低減とサービス利用抑制効果が強く働く低所得者の負担の増加」という応益負担化の本質が変更され得たわけでもまたない。応能負担というメカニズムが中高所得層の「益」と低所得層の「不利益」に結果するしくみであるかぎり障害福祉の利用者のマジョリティである低所得層のルサンチマンは消えることはなく、これに対して「確かに一定所得のある障害者には若干の負担増があるものの低所得の障害者には相当の配慮がなされており、障害者全体にとっては、むしろ負担は抑制されたままで、給付水準が向上し、将来的には安定した財源確保が可能となり、従って従来よりもはるかに国民的理解を得やすいものになっている」[京極2008,p.53]という説得はかみあわず、むなしく響く。

さらには、応益負担を応能負担に戻すだけが「能」ではない、ということについてはどうか。真に政策が「(中高所得層も含めた)利用者の拡大」による「障害福祉の普遍化」を志向するというならば(応益負担を再び応能負担に戻すのではなく)利用者の自己負担そのものをなくす、というシンプルな構想が排除される理由もまたない。普遍主義の名のもとにミーンズテストでもニーズテストでもない「所得による選別」を課す「応益原則の普遍主義」[宮本他2003pp.324-325]を廃し「普遍主義の空洞化」[同上] [武川2007,p.211]を回避する英断/あたりまえの選択が求められている、このことについてどう考えるか。

 

【参考文献】

平石長久1985「社会保険による医療給付の限界と一部負担」,社会保障研究所編『医療システム論』東京大学出版会,pp149-163

堀勝洋1983「身体障害者福祉対策の利用者負担の現状とその在り方について」季刊社会保障研究Vol.19 No.3, pp.312-330

厚生省高齢者介護対策本部事務局監修1996『高齢者介護保険制度の創設について ―国民の議論を深めるために―』ぎょうせい

京極高宣2008『障害者自立支援法の課題』中央法規出版

増田雅暢2003『介護保険見直しの争点 ―政策過程からみえる今後の問題―』法律文化社

宮本太郎,イト・ベング,埋橋孝文2003「日本型福祉国家の位置と動態」,G.エスピン‐アンデルセン編,埋橋孝文監訳2003『転換期の福祉国家 ―グローバル経済下の適応戦略』早稲田大学出版部

小川政亮・垣内国光・河合克義編著1993『社会福祉の利用者負担を考える』ミネルヴァ書房

岡部耕典2006『障害者自立支援法とケアの自律 ――パーソナルアシスタンスとダイレクトペイメント』明石書店

大野吉輝1996a「高齢者の負担能力と利用者負担 ――公私の役割分担の視点から――」季刊社会保障研究Vol.32 No.3, pp.240-249

武川正吾2007『連帯と承認 ―グローバル化と個人化のなかの福祉国家』東京大学出版会


UP:20081004


>HOME