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擬似体験と障害者の語りを併用した教育プログラム―障害平等研修に学ぶ教育手法の検討―

小川 喜道(神奈川工科大学)

障害学会第5回大会 於:熊本学園大学


◆要旨

1. はじめに
「依存を解消するために作られた障害に関わる産業が、その依存を永続させることになる」※1)という危険性をはらむのは、福祉関連産業の介護サービスなどと共に、福祉機器や医用機器開発に関わる産業にも当てはまる。
 高齢者、障害者の多くが、日常生活や社会活動においてさまざまな自助具、福祉機器などを活用し、さらに改良を期待していること、また、環境のアクセシビリティを権利として求めていること、これらは確かなことであろう。しかし、冒頭に示した警告もまた無視できないものである。そこで、ハード面の開発等に関わる人材を育成する際に、どのような教育プログラムを提供すべきかを考え、実践してきたところである※2)3)4)。未だそれを極めてはいないが、ここで工学系大学における教育実践の一端を示す。

2. 機器開発の考え方
1999年にISO(国際標準化機構)13407(インタラクティブシステムの人間中心設計プロセス)が示されたが※5)6)、これはユーザビリティについてのプロセス規格である。このISO13407では、ユーザーの積極的参加と要求条件の明確な理解が求められ、解決案の繰り返しや多様な職種に基づく設計の必要性などが示されている。これを受けて日本でも企業の代表者からなるヒューマンセンタードデザイン委員会を設置し、ユーザー観察や関係する人たちの要望を重視するプロセスをハンドブック※7)としてまとめている。これは、専門職あるいは企業が先取りしているかに見えるが、実はこの背景にはアメリカの障害者差別禁止法の経緯や重度身体障害のあるロナルド・メイスによるユニバーサルデザイン(以下、UD)の提言などがある。川内美彦はUDを障害者の視点で展開※8)9)しているが、「UDの理念的側面を語るとき、彼(ロナルド・メイス)が車いす使用者であったという点を無視することはできない。というより、車いす使用者であったからこそUDの思想を抱くようになったということができよう」※10)と述べている。また、石川准は「市場を通して提供される配慮は顧客を満足させるための当然の努力であり、けして配慮とはいわれない。一方、市場に任せておいても提供されない配慮は、公的セクターにより部分的に提供され、残りは人々の善意や優しさに期待がかけられる」※11)とやわらかく問題を投げかけている。いずれにしても、障害者側から発信したことが、結局は「対象者」との位置づけを維持し、そこから逃れなれないという構図ができてしまう傾向にある。
しかし、障害をもつ医師、デビッド・ワーナーが障害あるスタッフと共に実施している地域に根ざしたリハビリテーションの実践プロジェクト(メキシコ)から生み出された、開発途上国で手に入る素材を活用した自助具など生活を支える用具の製作マニュアル※12)は、障害者の主体性を示すものである。これらの経緯を踏まえて、機械・電気電子・情報など工学系技術者がユーザー中心の考え方をもつために教育段階で取り組む必要があると認識している。

3. 障害平等研修(Disability Equality Training: DET)
 障害平等研修(DET)は、社会開発の久野研二が著書※13)訳書※14)、HP※15)にて紹介しているが、障害に対する健常者の意識改革を障害者の手によって行う方法と言える。これは、障害学の先達も著書の中で触れている。例えば、マイケル・オリバー※16)、コリン・バーンズら※17)、マーク・プリーストレイ※18)、ジェーン・キャンベル※19)、である。キャンベルらは、自ら研修のガイドも執筆している※20)。彼らは、障害者自身の経験に結びつけて障害理解を促進させ、個人的なことから社会・政治的なことへと関心を向けさせる研修として取り上げているが、このアプローチは、当初、ロンドンの障害のある女性の小さなグループによる発想から始められたと言われる。現在では、イギリスでのソーシャルワーク研修の一部としても行われており、国際的にも政策発展に影響している。例えば、国連の「障害者の機会均等化に関する規準規則」の規則19(職員研修)にも反映している※21)。また、ダナ・リーブは、「障害者について学生自身がもつ偏見やステレオタイプに直接的にチャレンジすることでもある」※22)と述べ、スティーブン・ウォーカーは、「障害平等研修の価値は、伝統的サービス提供と階層的方法の定説へ挑戦することである」※23)と述べている。大学教育の中での限界はあるが、これらのことを踏まえた教育実践を試行することは必要であろうし、福祉関連教育に携わる上での戒めでもある。

4. 大学の導入教育への反映
 福祉機器などの開発は素材を含めて技術指向に陥りがちであるが、前述の障害平等研修の考え方を取り入れて、「障害」に関わる授業の展開を1年次前期に集中して試みた。当大学の科目名での説明となるが、「プロジェクト入門」では、障害ある協力者による生活上の物理的・心理的な報告と共に、日常生活の動作観察とそこでの困難点などを聞き取り、なんらかの方法で機能計測をした上で(計測方法、計測機器の指導を優先しない)、個別の擬似体験ができる装具を学生自身がエコ素材(紙、ひも、木、ペットボトルなど)で作成し実験する。お仕着せの擬似体験装具は障害を一般化したり、大変さのみの印象づけとなりがちであり、それをできるだけ避ける試みをしている。「ライフサポート概論」では、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、知的障害、人工呼吸器使用、介助犬使用などの人たちに協力を得て、台本無し・講演無しで、90分を”Q&Aによる語り”として、障害あるいは障害者に対する学生自らの振り返りを促している。また、「コンピュータ基礎演習」ではパソコンに向かうばかりでなく、地域情報マップ作成実習として地域の車いす利用者約10名に協力を得て、道路などのアクセシビリティを障害者同行にて現状説明を受け、学生自身も車いす利用者のそばで体験を行う。これら複数の科目において、擬似体験と障害者からの聞き取りとを時間的・空間的に遊離させない形態として構成している※24)。

5. 受講学生の捉え方
 地域に出向いて障害者同行による実習では、事後アンケートの一つ「地域での解決すべき課題」として自由記述の回答(158名)では、34%が物理的要因を挙げているが、50%が人的要因を挙げている※24)。例えば、市民意識や法整備について具体的に示している。また、20名の学生に対して、「擬似体験」のメリット及びデメリット、「聞き取り」のメリット及びデメリットを記述式で回答を求めた。そこで見えてきたものは、製品等の開発において、必要性や要望に応えるためには客観的なシミュレーションのできる方策は必要であるが、動きの制限は痛みや痙性などの要素を反映できないことや限られた時間で取り扱われることに限界があるという認識である。そして、聞き取りはリアリティ、感情などが直接的に伝わり、それまでに抱いていた障害のイメージや解釈について振り返ることになるが、実際場面を共有していないことからくる伝わりにくさもある、としている。
 ここでは、擬似体験及び聞き取りについて受講学生がどのように捉えているのかを、長所の面からではなく、短所に関する記述からみてみる。
(1)擬似体験に不足している点
 障害者のもつ機能レベルを最大限発揮した場合の動きを、擬似体験では充分な筋力をもっている人が機能レベルを落とすために制限を加えた状態で再現することは、実は擬似体験としては不適当なのではないか、との指摘が多く見られた。つまり、実感としては筋力が充分あることを意識しており、その感覚を持ちながら制限が加えられているという感覚が優先している。また、障害ある人が語る痛みや苦痛というものを意識することはない。そこで、擬似体験は精神的な状況を理解することにはつながらず、機能的な制限が生活行為に及ぼす物理的影響を理解するにとどめることが擬似体験の留意点となろう。
(2)聞き取りに不足している点
 障害者の自由な語りを通して、障害との向き合い方や精神面での変化などについてわずかなりとも理解し、その場面を意義あるものと受け止めているが、ここでは不足感について取り上げる。
 受講学生の記述のいくつかを例示する。「言葉による理解には限度がある」「話し手の伝えたいことと、聞き手の感じ取ったこととの間にずれが出てくる」「実際の生活に触れるのに比べて伝わりにくいところがある」「実際に出向いているわけではない分、問題点がわかりづらい」「障害者の視点で意見を聞くことができるのだが、聞き手は解釈の違いにより間違って理解することがありうる」「頭で考えたり、想像するだけなので、どうしても具体的なところまでわからない」。これらの記述に共通する事柄をみると、気づきや想像力は充分とは言えないことがわかる。言葉による伝達に受け手の感受性が求められるが、それは弱いものである。一方、現実的、具体的な生活と意識、感覚との関係性の理解を求めている、表現を変えれば、現実場面での課題共有を求めている。
 これからの方向として、地域出向き型、つまり「参加型」実践教育を福祉機器開発などに関わる技術者養成にも取り入れることではないか、と解釈する。

6. まとめ
 本教育プログラムの意図の一つとして、障害を強化している要因が学生自らの中にもあるという「気づき」を求めていることである。このことについて、ドナ・リーブがカウンセリング・コースの学生にDETを導入する際の考え方と共通する。「このトレーニング(DET)は、学生が社会生活の全ての側面において(障害者の)無力化を広げていることを認識することができる。・・・障害者はインペアメントをもつ人としてただ存在するわけではなく、彼らは、親として、兄弟姉妹として、子供として、労働者として、友人として存在するのである。」※25)
障害者が物理的・人的な環境要因に大きく影響を受けているが、それらの除去、減少に関わる分野の一つとして福祉機器、住宅、街づくりなどの開発、デザインが挙げられるが、それに関連する高等教育の一年次学生に対して障害を巡る体験的教育を実施してきた。これは、「人の役に立つため」と漠然とイメージしている学生自身の態度を振り返り、多くの学びが障害者自身から提供される経験にあることを理解することになる。それは、従前行われてきた方法に加えて大学周辺に在住する障害者の協力の下に進められた。これらの結果から、開発における人間中心設計の理解を促進する前提として、聞き取りと擬似体験をできるだけ結合した形式で行うこと、さらに地域に出向いて障害者と向き合い、その中で福祉機器、環境のことを考えられる機会を設けることが必要であると考える。


引用・参考文献
1)Johnstone, D. : An Introduction to Disability Studies, David Fulton Publishers, 2001, p.28 (小川ら訳「障害学入門」明石書店, 2008年10月刊, p.49)
2)小川喜道: ユーザー中心の考え方に基づく福祉工学教育の試み,リハ連携科学,Vol.3,2002, pp.79-89
3)小川喜道: 地域・大学間連携による福祉工学教育手法の開発, 神奈川工科大学研究報告A人文社会科学編, 29号, 2005, pp.29-37
4)小川喜道: 福祉工学教育, 千野ら(編)リハビリテーション工学と福祉機器, 金原出版, 2006, pp.49-54
5)黒須正明編著: ユーザビリティテスティング-ユーザ中心のものづくりに向けて,共立出版, 2003, pp.9-10
6)及川雅稔: 福祉機器を設計する-重度障害児用チェアスキーの設計,日本機械学会編,HCDハンドブック人間中心設計,2006,pp.131-40
7)人間中心設計プロセスハンドブック: http://www.jbmia.or.jp/~tc/gl-hcd.pdf
8)川内美彦: ユニバーサル・デザイン-バリアフリーへの問いかけ,学芸出版社,2001
9)川内美彦: ユニバーサル・デザインの仕組みをつくる,学芸出版社,2007
10)川内美彦: ユニバーサル・デザインについて,村田純一編,共生のための技術哲学,未来社,2006,p.97
11)石川准: アクセシビリティはユニバーサルデザインと支援技術の共同作業により実現する,村田純一編,共生のための技術哲学,未来社,2006,p.137
12)Werner, D.: Nothing About Us Without Us – Developing Innovative Technologies For, By and With Disabled Persons, Palo Alto: Health Wrights,1998
13)久野研二: :障害と態度 尺度と啓発―最近の動向, リハビリテーション研究.日本障害者リハビリテーション協会, No.109, 2001, pp.32-36
14)久野研二訳: キャンベルら著, 障害者自身が指導する権利・平等と差別を学ぶ研修ガイド-障害平等研修とは何か、明石書店、2005
15)障害平等研修フォーラムHP: http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Brick/5813/
16)Oliver, M.: Understanding Disability From Theory to Practice, Macmillan Press, 1996, pp.88-89
17)Barnes, C. & Mercer, G.: Disability, Blackwell Publishers, 2003, p.120
18)Priestley, M.: Disability Politics and Community Care, Jessica Kingsley Publishers, 1999, pp.154-55
19)Campbell, J.: ‘Growing Pains’ Disability Politics – The Journey Explained and Described, Len Barton and Mike Oliver (edts), Disability Studies: Past, Present and Future, Disability Press, 1997, p.85
20)Gillespie-Sells, K. and Campbell, J.: Disability Equality Training, Central council for Education & Training in Social Work, 1991
21)障害者の機会均等化に関する基準規則日本語版(長瀬修訳)DINFのHP:
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/intl/standard/standard.html
22)Reeve, D.: Counselling and Disabled People: Help or Hindrance?, Swain J., French, S., Barnes, C., Thomas, C. (edts), Disabling Barriers – Enabling Environments, 2004, p.236
23)Walker, S.: Disability equality training – constructing a collaborative model, Disability & Society, Vol. 19, No.7, 2004, p.703
24)神奈川工科大学: 神奈川工科大学現代GP平成19年度報告書, 2008
25)Reeve, D.: 前掲, p.23


UP:20081004


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