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視覚障害者における情報処理特性を考慮した支援技術開発
-能動的情報処理特性と受動的情報処理特性を中心に-


○韓 星民(立命館大学/KGS株式会社)大河内 直之(東京大学)

障害学会第5回大会 於:熊本学園大学

◆要旨

 視覚障害者は外界の情報入手が困難な事から情報障害者とも言われ、情報入手のための支援技術は大変重要な位置を占めており、感覚代行研究をはじめとする視覚を補うための基礎研究や支援技術の開発は日々増加の一途を辿っている。
 我々は人間の感覚・知覚の情報処理特性を考慮した支援技術開発(研究)の経験から情報入手のための支援技術の在り方について考察を行う。特に、現在多くの視覚障害者が用いている支援技術を取り上げ、能動的情報処理と受動的情報処理過程について説明し、情報入手のための支援技術がどのような情報処理過程に該当するのかを分析し、それぞれの特徴から、現在必要な支援技術について考察する。
 まず、視覚障害者のための支援技術の一つである点字ディスプレイを例に本報告の重要概念である能動的情報処理(Active)と受動的情報処理(Passive)について説明を行う。
 現在点字ディスプレイには大きく分け2タイプの文字(点字)提示方法がある。一つは数十年前から存在し、世界で最も広まっている能動的情報処理を得意とする「ノートテーカー」と言われるKGS社製の点字ディスプレイである(1)。もう一つが松下電器の早期退職者が結集し2004年に発売を開始した「回転円盤式点字ディスプレイ」というASKK(アスク)社が開発したものである。
 KGS社製の点字ディスプレイは、自分の意思で指を動かし点字を読むため、点字本を読む方法と同じである。それに比べ、ASKK社製は指を動かさなくても円盤型の点字表示部が回転しながら点字表示させる形式であり、継時的に流れる一連の情報処理を行う方法としては、視覚障害者が録音図書を聞く際の情報処理過程と似ている。
 言い換えると、前者は、晴眼者が自分の意思で本を読むときの情報入手手段に似ており、後者は、新幹線などの電光掲示板のようにニュースなどの文字が左から右に流れる情報を目で取り入れる方法に似ている。筆者は本報告において、前者の情報入手方法を能動的情報処理と定義し、後者を受動的情報処理と定義する。
 能動的情報処理の特徴は自分の意思によって文章の理解度にあわせ、速度を調節し、文の前後を自由に行き来可能であるが、受動的情報処理では、文章を読む側の意思とは無関係に一連に流れる情報を処理しなければならない特徴を持っている。
 専門書などを読む際には能動的情報処理過程が得意であり、小説など、心的負担(メンタルワークロード)のかからない小説など読み物には受動的情報処理過程がいいと考えられる。
 全盲の研究者である石川や京都ライトハウス情報ステーションの加藤、日本ライトハウス情報文化センターの岩井らは、自分の理解度に合わせた読書方法の重要性とスクリーンリーダーを用いたテキスト読み上げの特徴について言及しているが、それらの重要性を福祉工学や情報工学者が納得できるような専門用語での説明を試みたい考えである。読書時における情報処理過程に関しては実験心理学分野で使われているワーキングメモリ理論を導入する。そして、新しい情報処理を可能にするための説明には、点字ディスプレイと音声スクリーンリーダー、触覚ジョグダイヤルを用いる。
 触覚(点字)によって多くの情報を取り入れる必要がある視覚障害者にとって、これらの支援機器は、どのように使われており、それぞれの機器に適した情報はどのようなものかを類推し、将来必要とされる支援危機について考察を深める。
 特に、触覚文字である点字習得の困難さから点字読みに代わる聴覚による音声文字(言語)の可能性を検討するために、現在東京大学の伊福部が中心となって開発し、筆者の一人である大河内が研究開発に携わっている、触覚ジョグダイヤル「タジョダ」を取り上げ、聴覚における能動的情報処理の可能性について探る。
 タジョダは、スクリーンリーダーメーカーに勤める伊福部研究室の視覚障害者が、考案したもので、最適な音声速度を自分で変えることで飛ばし聴きができるようなインタフェースとして開発された。スクリーンリーダーの「話速変換」と触覚によるリッチテキスト情報を提示する事で、情報量を増やし理解を助けるための特徴を持っている。
 視覚障害支援のための情報技術の研究・開発には、支援技術開発メーカーや福祉工学研究者を含め、ユーザーが持つ現場知(ローカル・ノレッジ)取り入れた、総合的且つ循環型開発システムが必要となる。
 特に、情報技術や福祉工学に関する専門知を持つユーザーの役割大きく、客観的データに基づく仮説による機器の製作、そして、要素技術の寄せ集めなどがこの分野では重要であり、医療工学、福祉工学・情報工学・工学心理など多岐に渡る知見が必要とされる分野である。
 専門的知見を持ったユーザーにとって、これら要素技術と要素知識を総合した『理論福祉工学』の分野を切り開く役割が残されていると考えられる。

(1)KGS株式会社は、点字を形成するセルといわれる点字ディスプレイのエンジンとなる部分の生産において世界シェア8割ともいわれ、この分野においては日本唯一のメーカーであるため、ここではKGS社製の点字ディスプレイを比較対照にした。

<報告概要>
1.異なった方式の点字ディスプレイを取り上げる。
   点字ディスプレイとは、視覚障害者が指で点字を読むための装置
  KGS社製の点字ディスプレイ
  ASKK社製の点字ディスプレイ
2.能動的情報処理過程と受動的情報処理過程について説明する。
  KGS社製とASKK社製の点字ディスプレイを例に説明を行う。
3.能動的情報処理を得意とするKGS社製の点字ディスプレイは学生や教員・研究者等が、情報を貯蔵し、必要に応じて情報を検索するために多く利用し、ASKK社製は、小説や一般雑誌など簡単な読み物を読む際に多く用いられている事が分かった。
4.KGS社製のような能動的情報処理を得意とする支援危機が学習や研究のために必要である事が示唆される。
  ところが問題点として、点字が読める割合は、世界最高水準の日本においても視覚障害者の一割にも満たない現状がある。
  その原因は定藤らが1996年にNature誌に発表した脳の可塑性問題から説明を試みる事が可能である。
  高等教育における就学率を上げる事は、専門性を磨き、就職にもつながるため非常に重要である。
5.触読による点字以外の手段はありうるのか。
  可塑性の問題から考えると、成人以降の点字学習は大変困難なため、聴覚における音声による能動的情報処理が可能な支援技術が必要とされる。
  音声言語は中途失明者でも新たな訓練過程を必要としないため、音声による能動的情報処理を可能にするインターフェースが開発できれば多くの視覚所具合者に役立つと考えられる。
6.触覚ジョグダイヤルの話速変換機能はその可能性を秘めている。
  将来的には、DAISYプレイヤーなどにそのようなインターフェースが付けば多くの専門職を持った視覚障害者が生まれる可能性がある。
7.研究の意義として、専門知を持つユーザーによる、福祉工学への公式的な提案事例として、理論福祉工学の分野を切り開く可能性を示唆している。
8.問題点として、専門知を持つ障害者は少ないため、教育プログラムなどが望まれる。
  当事者が想像するものと支援技術開発者が想像するものとはギャップがあり、それを埋めるためのユーザー側のコミュニケーションスキルが求められる。
9.今後の課題としてニーズとシーズがマッチした支援技術の研究・開発が必要とされる。

<謝辞>
ここに著書(福祉工学の挑戦)のテキストデータを提供して下さった東京大学先端科学技術研究センターの伊福部達教授に心から感謝を申し上げます.

<参考文献>
http://www.kgs-jpn.co.jp/
http://www.tenjiban.com/
http://journal.mycom.co.jp/articles/2004/08/05/tenten/
http://www.bfp.rcast.u-tokyo.ac.jp/common/mhlw2004/index.html
石川准, 1996, 「コンピュータと障害者:アクセシビリティの社会学」『社会情報』6(1),37-56.
石川准, 2004, 『見えないものと見えるもの――社交とアシストの障害学』医学書院.
大河内直之, 上田一貴 2008/02/27 新たな視覚障害者の情報アクセス環境~触覚ジョグダイヤル「TAJODA」がもつ可能性~ シンポジウム「“聴く”、“触る”マルチメディアコンテンツ~視覚障害者向けブラウジング技術~」
伊福部達, 2004,『福祉工学の挑戦』中公新書.
韓星民・八木昭宏, 2001, Dual-taskにおける感覚間注意の処理資源配分 -晴眼者と視覚障害者の比較検討- 日本心理学会第65回大会 筑波大学
韓星民・八木昭宏, 2000, 触覚注意における聴覚の情報処理 日本基礎心理学会第19回大会 立命館大学
韓星民・八木昭宏, 2000, 単語刺激を用いた感覚間注意の基礎研究 関西心理学会第112回大会 京都教育大学
韓星民 2007/07/14 「情報保障のための触覚機器開発の現状と課題」 立命館大学グローバルCOE・「生存学」創成拠点主催(代表:立岩真也)、科学研究費「患者主導型科学技術研究システム構築のための基盤的研究」(代表:松原洋子)当事者主導型アシスティブ・テクノロジー・プロジェクト企画(本人発ATP)
韓星民 2007/11/10 「情報支援技術開発における技術者の『障害受容』」 科学技術社会論学会第6回年次研究大会 ワークショップ〈病気や障害をもつ身体を介した技術知と生の技法〉 於:東京工業大学 (要旨[http://www.arsvi.com/2000/0711hs.htm])
韓星民・青木慎太朗・亀甲孝一, 2007, 「視覚障害学生支援の技法・3――情報保障のための活字読み上げ支援技術の現状と課題」障害学会第4回大会ポスター発表.
韓星民・青木慎太朗 2008/02/16 「視覚障害者における活字読み上げ支援技術(AT)の現状と課題」 日本学術振興会科学研究費補助金基盤(B)課題番号18300035(研究代表者 鈴木昌和)及び課題番号17300189(研究代表者 山口雄仁) による研究集会「科学文書の電子処理とアクセシビリティ」
韓星民 2008/03/14 「視覚障害者のための支援技術――支援機器開発の現状と課題」,北京大学-立命館大学交流デー・研究交流,於:北京大学

UP:20081004


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