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 「障害女性の働くことと生きることをめぐる諸問題―障害×ジェンダー×労働の視点から」

臼井久実子・瀬山紀子(共に東京大学大学院経済学研究科特任研究員)
障害学会第5回大会 於:熊本学園大学

◆報告の目的

  <働く・働けない・働かない>ことに関わる問題は、働くことでお金を得ることが前提とされ、さらに、お金をもつことが生活を維持することを意味する社会にあっては、人が尊厳をもって生活できるか、という課題と直結する問題だ。こうした問題は、とりわけ、今の社会のなかで、不安定な立場に立たされやすい女性や障害がある人にとって、切実な問題であり続けてきた。
 私たちは、それぞれの人が、障害の有無や性別にかかわらず、一定の安定を得て、尊厳が保障された状況で、社会と関わりながら暮らす生活を展望するために必要なことはなにか、を考える入り口の作業として、はじめに、現在の社会のなかで構造的に不安定な位置に置かれやすい障害女性の抱える現状、特に経済的な問題を明らかにすると共に、これまでの労働に関する障害者と女性の思想と実践を振り返り、障害女性の働くことと生きることをめぐる諸問題と課題を提示していきたい。

障害女性の置かれている状況
 これまでの障害者に関わる調査統計には、障害の種別や等級による集計分析はあるが、性別集計とジェンダーの視点からの分析はないに等しい。そこで、本報告では、障害女性の就業状況・給与・所得について、性別集計をもつ希少な先行調査研究を用いて分析を試みた。その結果、障害者の社会経済状況は、性別によって、大きく異なることが認められた。具体的には、障害女性の有業率および正社員率は全体に低く、収入は一般の男性・女性および障害男性と比較して極端に低い。また、障害年金制度も、障害女性に安定した生活をもたらすものとはなっていない。そのため、多くの障害女性は、他の世帯員に経済的に依存さぜるをえず、自らの生活を築くだけの基盤をもつことが極めて困難な状況にあることがわかった。

女性と労働・障害と労働の蓄積から
 女性と労働については、既に、「女性の多くが経済的基盤を持つことができず、不安定な立場に立たされやすく、私生活領域における自由を行使できない」という構造の解明と、それを乗り越えていく課題についての、厚みをもった取組と議論がある。
 これらの議論は、女性が、市場の外で、家事やケアなどの継続的で長時間の無償労働(アンペイドワーク)に従事してきたことを明らかにし、既存の経済構造が、市場で働く男性と市場の外で働く女性という性役割分業と、それによって生み出される男女の経済格差を前提とし、温存させてきたことを明らかにした。また、女性たちは、社会保障制度や賃金の仕組み、税制、さらにはそうしたものを支える慣習が、性差別を基盤としていることを明らかにしてきた。そうした構造を変えるための課題として、女性の市場への参入や市場のなかでの男女平等、労働時間の短縮、そして家事やケアの分有化、税制の個人単位化等々があげられてきた。そうした課題のうち、女性の市場への参入は進んだ。しかし、多くの課題が解決されないまま、女性の多くは、パートなどの非正規雇用の担い手となり、仕事と家事労働を二重に負担するという問題を抱えるに至っている。
 障害と労働については、障害当事者運動の草創期からの思想と実践の蓄積がある。運動は、「働けない」とみなされ、社会関係から排除され、生存権を否定される存在である障害者の立場から、<働く・働けない・働かない>にかかわらず、人は生存権を保障される権利があることを主張してきた。そして、労働と生存権を別個の問題として捉え、<働く・働けない・働かない>という問題を等価のものとして扱い、生存権の観点から所得保障と介助保障が必要なことを提起し、制度化してきた。それと同時に、障害がない人が中心となった社会の「標準的なありかた」を見直す視点から、社会のなかへ、障害がある人が実質的に平等に参加する権利を、教育、労働などあらゆるステージで求めてきた。そのなかで、障害のある個々人が「必要な人的サポートを得て働く」事例を広げ、それを支える制度のありかたも課題化されてきた。
 
障害女性の働くことと生きることをめぐる諸問題と課題
 「女性」と「障害者」は、共に、現在の社会経済構造のなかで、自立した生活を営める経済基盤を持ちにくい状況におかれている。そうした構造が、「女性」と「障害者」という属性を併せ持つ障害女性の、極端な不安定さを生み出している。
 障害者運動は、生存権を主張し、所得保障や介助保障の必要性を訴え、その一部を制度化させてはきた。しかし、現在の所得保障制度は、一人の人が安定して生活することを可能にするものとはなっていない。また、介助保障制度も、その多くは女性による、低賃金労働によって支えられている不安定なものとなっている。
 障害女性たちをめぐる課題は、社会に構造的に埋め込まれた性差別の問題を明らかにしてきた女性たちの取り組みと、生存権や自立の意味の転換を促してきた障害者運動の二つの視点が交差する位置から、あらためて、<働く・働けない・働かない>という問題と、<生きる>という課題を結びつける必要を提起している。

UP:20081004
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