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障害者支援システム設計におけるユーザモデルの検討—機能ユーザの概念—

発表者名 鎌田一雄(宇都宮大学大学院工学研究科)

障害学会第5回大会 於:熊本学園大学


要旨

1.背景

障害がある人たちを想定して、日常生活における支援機器、システム、及びサービスなどの開発・提供が行われている.これらのデザイン(技術開発なども含めた広い意味で用語「デザイン」を用いる)では、利用者特性の特徴化などが、基本的な操作の一つである(Treu,1994).しかし、実際に開発された機器・システム・サービスが想定した利用者に十分に利用してもらえない、あるいはまったく使ってもらえない事態が起こることも知られている.このように実際の利用者が開発された機器類を使う、使わないという事態は、機器類と利用者、使用の状況などの関係によって生じる(Spencer,1998).可能な限り想定した利用者に使ってもらえるようにデザインすること、それが可能な環境を作ることが、障害がある人たちの社会生活環境向上のためには重要である.このためには、デザインに携わる人たち(利害関係者)は、利用者の特性、使用の状況などを十分に認識・理解し、それをデザイン過程に反映することが要請される.また、このような操作を効果的に行うために利用できる何らかの道具も必要となる.

ところで、利用者個人(ヒューマンユーザと呼ぶ)を基底とするという意味において、現在のデザインはボトムアップ的である.すなわち、想定する利用者の個人特性(利用者特性)の特徴化、利用者グループの特徴化を通して、想定する利用者(実際には、特徴化を介したモデル)を対象としたデザインが進む.もちろん、デザイン過程には、反復的な作業があるが、利用者個々人の特性を基底とする性質ということでボトムアップ的である.本稿では、利用者特性と使用状況とを考慮し、おかれた状況の下で利用者が実現できる機能に注目した利用者の抽象化モデルとして機能的ユーザの概念を考察する(岡本他,2002).この機能モデルは、デザイン過程ではトップダウン的な思考を支援する道具となり、デザイン過程において対象となる利用者の排除が生じないようにするために、ボトムアップ的手法との相互補完的な利用が可能である.

 

2.機能ユーザの概念

利用者にとって機器類が快適に使用できるかどうかの評価は、使用状況における利用者と使いたい機器との関係性の特性である.同じ利用者であっても、その使用状況が変われば機器の利用性が変化する.例えば、特別な障害がない通常の人たちにとっても次のようなことが起こる(Newell,1995).(1)十分な照明がない状況では、機器類の操作のためにボタン、説明文などを読むことが難しくなる.(2)大きな騒音下では、音響メディアを利用した情報提示を、十分に、正確に獲得することができない.(3)疲れているときには、注意力が低下し、簡単な判断でも誤ってしまうことがある.

また、使いたい機器側の特性も状況によって変化すると考えることもできる.例えば、事例(1)と同じような状況では、ATM端末機の照明が画面で反射すれば提示文字などは周囲の照明は十分であっても使い難い(提示されたものが見えない)事態となる.個々人が使用という目的のために実現できる機能には、状況による機器の機能的な変化も関係する.なお、視力、聴力が低下している人たちにとっては、より大きな影響を及ぼす可能性がある.

機能的なユーザの概念では、与えられた状況のもとで、個々人が実現できる機能に注目している.すなわち、実現可能な機能を個々人の特性とおかれている状況との関係によって規定する.この実現可能な機能を機能的なユーザと定義する.通常のように、実際の人が直接的にユーザに対応しているわけではない.ここでは、機能集合の要素は、利用する人とおかれている使用の状況との複数の組の(実現可能な機能から見た)代表となっている.事例(1)では、照明が不十分な状況下での通常の人の実現機能であるが、視覚に障害があって十分に書かれている文字などが読みとれない人がおかれている状況の下で実現できる機能とも対応する.事例(2)では、聴覚に障害がある人にとっての通常の状況下での音響メディア知覚機能とも対応する.このように、機能的なユーザは、利用者個々人に直接的に対応しているわけではない.

 

3.思考的な道具としての機能ユーザ概念

デザイン過程で想定される利用者の特性、使用の状況を十分に把握し、これを最終的なデザイン結果へ反映させることが重要である.機能ユーザの概念は、直接的には個々人(ヒューマンユーザ)の特性に対応していない.機能ユーザ(実現可能機能)のヒューマンユーザへの展開は、利用者(ヒューマンユーザ)としての特性と、おかれている状況との2つの要素対の明確化に対応する.この特性は、ボトムアップ的な利用者特性の特徴化で薄れてしまいがちな実際の利用者の特性と、使用の状況との2つの要因への焦点化につながると考える.すなわち、おかれた状況における人としての利用者の特性に対する意識強化に役立つ.ここでは、特徴化操作を介した実際の利用者特性の無自覚的な認識・判断によって、結果的に利用者排除が起きてしまうという事態の抑止が期待できる.

ところで、ボトムアップ的なアプローチは実際の使用者を基底として利用者特性を捉えるという重要な役割を持っている.ここで述べた機能的なユーザとヒューマンユーザとの2つの概念を相互補完的に利用することによって、想定された利用者グループから特定の利用者がデザイン過程で無自覚的に排除されてしまう可能性の軽減が期待される.

 

4.まとめ

 実際の利用者特性と、利用者がおかれている機器類の使用状況との2つを考慮した一つの抽象化された機能ユーザと呼ぶ概念を示した.デザインの結果、想定された利用者グループからできる限り利用できない人たちを生じさせないためには、ヒューマンユーザを基底とするボトムアップ的アプローチと、本稿で述べた機能ユーザの概念に基づくトップダウン的アプローチとの相互補完的な利用が必要である.

 

謝辞

 本報告は、岡本明(筑波技大)、畠山卓朗(早稲田大)、関根千佳(ユーディット)、前原秀明(三菱電機)、伊藤英一(長野大)との議論をまとめたものである.

 

参考文献

Newell, A.F. (1995) Extra-ordinary human-computer interaction, in D.N.Alister Edwards (Ed.) Extra-Ordinary Human-Computer Interaction-Interfaces for users with disabilities-, pp.3-18, Cambridge University Press.

岡本明、鎌田一雄、関根千佳、畠山卓朗、前原秀明(2002).ユニバーサルデザインにおけるユーザの一検討、電子情報通信学会技術研究報告(技術と社会・倫理)、SITE2002-25.

Spencer,J.C.(1998)  Tools or Baggage? -Alternative Meanings of Assistive Technology-, in D.B.Gray, L.A.Quatrano,and M.L.Lieberman (Eds.) Designing and Using Assistive Technology, chap.6, pp.89-97, Paul H.Brookers, Baltimore MD.

Treu,S.(1994) User Interface Design- A Structured Approach-, Plenum Press,New York.


UP:20081004
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