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障害者の保護雇用のあり方に関する検討~就労と所得保障に対する障害の定義をめぐって~

磯野 博 (静岡福祉医療専門学校)

障害学会第5回大会 於:熊本学園大学


◆要旨

 日本の障害者関連政策における障害の定義・認定のあり方は、障害者自立支援法の施行とその後の相次ぐ見直し、そして、国連における障害者権利条約の発効という障害者をめぐる内外の情勢の激変のなか、改めて大きな問題になっている。その中心的な課題のひとつが、障害者雇用政策における「合理的配慮」のあり方である。

 この課題に対して、厚生労働省は、職業安定局に「労働・雇用分野における障害者権利条約への対応のあり方に関する研究会」を設置し、アメリカ、フランス、ドイツなどの実態を検討している。一方、全国福祉保育労働組合(以下、「福保労」と略す)と日本障害者協議会(以下、「JD」と略す)は、「日本の障害雇用政策に関するILO159号条約違反に関する国際労働機関規約24条に基づく申し立て」を行った。

 このILOへの提訴は、以下の8点のポイントにまとめられている。

①障害者自立支援法を破棄すること

②障害者への応益負担による費用負担を撤廃すること

③「多くの法律間で異なる障害分類の整合性をとり、障害者の職業的能力に基づいた分類基準で障害者雇用関連法の改正を行うこと

④1996年に総務省、行政監察局が行った「障害者雇用政策の状況に関する勧告」を履行すること

⑤「生産性の低い人を含むすべての障害者の雇用政策に対して、現在の社会福祉法による処遇をやめ、労働法と労働政策による法的保護と支援を行うこと

⑥障害者雇用促進法に規定されている重度障害者のダブルカウントによる法定雇用率の計算方法を完全かつ確実に廃止すること

⑦重度障害者に職業リハビリテーションセンターの利用を開放すること

⑧ILO条約および関連する勧告において述べられている「合理的配慮」を国連の障害者権利条約でも規定されているように、労働法と労働政策に組み込むこと

 これら多岐にわたる提訴ではあるが、中心に据えられているのは、今後の日本における障害者の保護雇用のあり方に関する問題提起をとおして、ILO条約および関連する勧告と障害者権利条約が求めている「合理的配慮」を日本の障害者雇用政策に具体化していくことであると筆者は考える。それは、単に障害者の保護雇用の対照や内容に関する問題のみではなく、障害者関連政策で異なる障害の定義・認定のあり方に関して、新たな問題提起をすることを含んでいる。

 以上の論点を踏まえ、本報告においては、日本における障害者関連政策の経緯を簡略に振り返り、今回の提訴をとおして問題提起されている保護雇用や障害の定義・認定のあり方に対する筆者の意見を述べてみたい。そして、「JD」の研究などを活用しながら、障害者雇用施策の国内外の状況を概観してみたい。

 しかし、ILOへの提訴が問いかけているものは幅広い。その内容は障害者分野に留まらず、関連する社会福祉諸分野へも波及するものがある

 現在、日本の社会福祉、社会保障は、諸外国同様、「福祉から就労へ」の潮流に乗っているといえる。それは、生活保護やその他の社会手当のあり方とも密接に関わりながら、社会福祉における自立のあり方を規定していこうとしている。例えば、政府の「骨太方針」に基づいた「成長力底上げ戦略」では、障害者の就労支援が、生活保護受給者や母子家庭の就労支援とともに位置づけられ、「就労による自立」が義務付けられる方向に向かっている。障害者自立支援法改正の重要なポイントのひとつとしても「今後の就労と所得保障のあり方」が挙げられてはいるが、具体的には、「福祉から雇用へ5ヵ年計画」と「工賃倍増計画で福祉的就労の底上げ」のふたつの方向が打ち出され、障害年金を核とした障害者の所得保障のあり方に関する検討は行われていない。

 このような現状を踏まえ、本報告においては、障害者雇用と密接に関連している障害者の所得保障、とりわけ今後の障害年金のあり方を日本のセイフティーネットのあり方と関連させて検討していきたい。あわせて、今後の障害年金における障害の定義・認定のあり方に関しても検討していきたい。

 また、障害者の保護雇用のあり方は、例えば、イギリスやアメリカなどで導入されている援助つき雇用などとも関連させて検討していくことにより、現在、世界的に問題になっているワーキングプア対策とも通ずるものがあると筆者は考える。援助つき雇用が積極的に導入されている諸国では、地方自治体やNPO、そして社会的使命をモットーとした社会的企業が州政府などと連携し、一定の規制・保護のもとで、障害者やワーキングプアの雇用の創出を行っている。

 洞爺湖サミットに先駆け、新潟で開催されたG8労働省会合においても、ワーキングプアに加え、高齢者や障害者といった労働弱者に対する支援策が検討され、すべての人に職業能力の開発の機会を保障していくことが議長総括に盛り込まれた。

 今回の提訴が問題提起しているものをとおして、新自由主義的な野放図な規制緩和による矛盾の結果としての貧困や格差の問題全体にも目を向け、労働者全体の底上げに向けての議論も展開していきたい。

以上

UP:20081004


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