『障害の親と、非障害の子ども』 ポール・プレストン

2003年10月11日 障害学会設立総会記念講演

森:長らくお待たせしました。ただいまから記念講演を開始します。ポール・プレストンさんをお迎えしています。1950年生まれ、イリノイ州の出身。医療人類学博士をとられました。カリフォルニア州バークレーにお住まいです。障害者の親をサポートする全米団体にかかわっていらっしゃいます。カリフォルニア大学サンフランシスコ校で疫学、生物統計学部の助教授をされています。おもな著書としては1994年の『お母さん、お父さん、ろう』という本があります。アメリカにいるろうの親をもつ、聞こえる子どもたちにインタビューをして書かれた興味深い本です。日本語訳として、現代書館から4月に『聞こえない親をもつ聞こえる子どもたち』が刊行されています。講演のテーマは「障害の親と非障害の子ども」です。ではよろしくお願いします。

講演

はじめに

今日は障害者である親と、その障害者でない子どもたちについてお話をしたいと思います。障害の親と子どもたちについて、私たちはどのような知識を得ているのか、また、これまでにどういった研究がなされ、これから将来にむけてどのような研究がなされる必要があるのでしょうか。

本題に入る前にいくつか説明をしたいと思います。

障害の親とその子どもたちに関して、私は生まれた瞬間から関心をもっていました。私はろうの両親のもとに一人っ子として育ちました。そうした家庭での経験が、カウンセラーや研究者として、障害のある親と子どもたちに携わることに相当役立っています。 現在、全米の障害者である親のためのセンターの、センター長をつとめています。センターでは、情報、さまざまな資源、研修の機会を提供することに責任をもっています。その対象は全米の数百万の親です。

これから申し上げる障害の親と子どもたちの研究データは、米国におけるデータにもとづいたものであることを最初に申し上げておきます。私がこれから用いる定義や説明が、みなさんの日本での経験、研究とはかならずしもマッチしないことがあることを念頭において下さい。違いがあるのは非常によいことだと思っています。私自身、人類学者ですが、障害の親とその子どもたちが、すべて一緒ではないことを、心にきざんでおくことが重要だと思います。 障害者である親、その子どもたちがいる家庭は、大きなコミュニティのなかの一部です。異なる文化、異なるコミュニティにおける、障害の親であること、そして障害者を親にもつ子どもであるということ、こうした経験は、それぞれの文化において異なっています。みなさんには、日本の障害者である親、その子どもたちに関する研究をすすめていただきたい。日本からの発信が世界にとって重要だと思います。そして、日本以外からの情報発信が障害をもつ親の経験を共有する意味で、非常に大切だと考えています。

障害をもつ親とは誰か?

ここで一緒に考えてみましょう。障害者である親、障害をもつ親とは誰を意味しているのでしょうか?

米国では18歳以下の子どもをもつ親のうち15%に障害があります。米国だけを考えても900万以上の障害をもつ親がいるわけです。障害者である親に含まれるのは、生まれつき、永続的な障害もあるし、中途障害や一時的な障害も含まれます。また、中途障害や一時的な障害も含まれます。

身体障害の親も含まれます。脊髄損傷、脳性麻痺、切断などです。医学的な障害、多発性硬化症、がん、HIV、エイズなども含まれます。認知面での障害、頭部外傷、脳挫傷、精神遅滞、知的障害も含まれます。学習障害のある親も含まれます。これにはADDや注意欠陥障害があります。視覚障害の親も含まれます。盲、弱視などです。情緒面の障害や行動障害も含まれます。統合失調症、うつなどです。ろうや聴覚障害の親もいます。多くの親は単一障害ではなく、複数の障害をもっていることもあります。たとえば視覚障害の親が糖尿病である場合です。また複数の感覚をふくむ障害があります。たとえば多発性硬化症の場合には、肢体、医療的障害、視覚、情緒障害を含みます。

900万の障害の親に含まれているのは、在宅で暮らしている18歳未満の子どもをもつ親だけです。この900万という数字には、子どもが成長して大きくなった障害の親は含まれていません。

非常に残念ですが、こうした障害のある親、障害種別などの人口学的なデータに、あまりよいものがありません。 1つの研究があります。米国の人口調査にもとづいていますが、900万の障害をもつ親を次のような形で分類しています。40%が感覚障害の場合、視覚障害、聴覚障害。26%が肢体障害。24%が精神障害。16%が認知障害、具体的には知的障害、学習障害のある親です。しかしこうしたカテゴリーは広範なもので、もっと詳細な人口学的な情報はありません。たとえば、脊髄損傷のある親は何人いるのか。ろうの親が何人で、難聴の親は何人か。視覚障害の親のうち、本当に小さい子どもをもつ親は何人か。ティーンネイジャーの親は何人か。さらに、たとえば子どもが生まれる前から障害の親となっていた人は何人で、子どもが生まれたあとで障害の親となったのは何人か。これらの疑問に対するデータは一つもありません。

もっと多くの研究がこの分野でなされなければならないと思います。こうした障害の親に関するデータがないのはどうしてかを考えると、その一つの理由は、さまざまな機関や政府の機構がこれを集めていないということがあります。たとえばある機関では、ろう者が何人雇用されているのかに関する調査は行うかもしれませんが、そのろう者のうちの何人が親であるのかを数えることはしません。障害の親と子に対するデータがないということは、悪循環を生み出します。私たちが必要なことを知らない、だから本来必要な政策やサービスも行われない。

もう一つは、米国での現象ですが、障害者であると判断されたくない人が多くいます。米国のろう者の多くは「障害者の親」と呼ばれることを好みません。同様に多発性硬化症の親、身長が低い親、糖尿病の親の多くは、「障害」という言葉をつかって表現されることを望みません。こうした問題について調査をする研究者は、こうした言葉についても敏感であるべきだという意味で申し上げました。

900万の障害の親がいるという話をすると、「なぜそんなにたくさんの障害者である親がいるのか?これは新しい現象なのか?」と尋ねられます。

答えは「NO」です。新しい現象ではありません。今までも障害者である親はたくさんいました。しかし、今日、障害の親がこれから増えていくことが予測されます。医療もよくなりました。また、障害のある親の人生の選択の幅も広がりました。障害者の市民権も確立されてきました。ですから、子育ても障害者にとってのフロンティアです。

障害をもつ親の子どもとは誰か?

私が、「障害の親の子どもたち」という場合、子どもたちの年齢に制限はなく、乳幼児も、ティーンネイジャーも、成人も含みます。私自身も成人の親の子どもです。たぶんみなさまの目には、私は子どもにうつらないと思います。もう髪も髭も白くなってしまいましたから。でも、私の父母にとっては、私はいつまでもかれらの子どもでありつづけます。

私たちの研究における焦点は、少なくとも一人の親は障害がある、そうした親とともに育っている子どもです。私たちの研究に加齢にしたがって障害をもった親は含まれていません。たとえば中途で聴覚障害になった方、歳をとってから関節炎になったという親は、私たちの研究からはずしてあります。

「障害の親の子」という言葉は、非常に広範にわたる子どもたちにあてはまります。ろうの親の子ども、盲の親の子ども、車いすを使っている親の子ども、多発性硬化症の子ども。

こうした子ども自身の多くは、自分には障害がありません。障害があるのは親の方です。両親がろうのもとにうまれてくる子どもたちの10%だけがろうになります。ろう者を親にもつ子どもの90%は聞こえることを意味しています。これはほかの障害の親の子どもたちと共通です。

最新のデータによると、障害の親は平均2人の子どもをもっています。これから計算すると、すくなくとも1550万人が、親が障害があって自分は障害がない子どもたちです。1550万に含まれるのは、生まれたばかりの子どもから18歳未満の子どもたちだけの数字です。世界に目をむけると、18歳以上の子どもで、自分の親は障害者である子どもが、数百万、数千万の単位で、います。

障害をもつ親とその子どもたちについて、私たちは何を知っているか?

残念ながら、障害者である親とその子どもたちは多くの困難に直面します。社会政策、適切な支援の現状を考えると、障害者の親の数を増やしてきた社会的変化にかなりおくれをとっています。 私自身は、全米を対象とした障害の親とその子どもたちに関する複数のプロジェクトにかかわってきました。そのうちの主なものは、障害の親に関する5年間の全米の調査でした。その研究は1998年に終了しましたが、障害の親に対して行われた調査としては最大のものです。1200名の障害のある親からのデータが得られました。

この研究のなかで障害のある親は何を伝えてくれるでしょうか?内容を8つにわけてお話しします。

妊娠と出産 障害をもつ女性からよく聞かれたのは、自分たちの障害に知識があり、妊娠をうまくやりとげるために手伝ってくれる医者をさがすのが、ほんとうに困難だったということでした。44%の障害の親からは、自分自身の妊娠、パートナーの妊娠、出産に、障害による影響があったと回答しました。36%の親からは、医者が自分たちの障害についての知識がなかった、そのことによって妊娠、出産に多くの困難が生じたと答えました。31%の親からは、医者には態度面での問題があったという回答があった。具体的には、医者から障害者が親として妊娠すべきでないという態度を示されたということです。18%の親は、診療所へのアクセスがなかったと回答しました。障害にみあったかたちでの医療の提供がないというのは、障害をもった女性にとって大きなストレスをもたらします。

養子縁組 多くの障害をもつ親から養子縁組に関する問題提起がありました。8%が、養子縁組の斡旋機関の態度面でのバリアがあり、養子縁組をとろうとしても、干渉されたり実現しなかったりしたという報告がありました。

親権(を奪われることへの恐れ) 15%の障害の親から、自分たちから子どもを引き離そうとした、という報告がありました。障害者がよき親になれない、障害者が自分たちの子どもをきちんと面倒みられないし、育てることができない、そう思いこんでいる人が多いのです。これは障害者に関するまちがった考え方、否定的な態度、画一的な見方を反映した深刻な問題です。調査研究の対象のグループに入っていた多くの親に聞いたでは、困った際にもだれにも支援を求めることはないということでした。もし、助けが必要だと言ってしまうと、子どもを自分たちから引き離されかねないからです。

日常の育児 ほぼ半数の43%の親からは、子どもと一緒にするレクリエーションについて、支援が必要だという回答を得ました。40%の親からは、子どもと一緒に外出する際に困難がある、39%の親からは、子どもを追いかけるのが大変だったり、行ってしまった子どもをつかまえに行く、その際に支援が必要という回答がありました。33%の親は、子どもたちを抱いたり、動かしたりするのに困難があると回答しました。こうした困難や必要とされる支援は、親の障害種別によって異なります。

保育園や保育サービスが利用できるかどうか

保育というのは、親が仕事をしている間、また学校に行っている間、幼い子どもを預けられるサービスのことです。保育に関する困難を感じている、と回答した親がたくさんいます。30%の親は、費用が高すぎると回答しました。約20%の親は、交通機関がない、移動機関がないと報告しました。15%の親は、保育園へのアクセスがない、車いすで使えないと回答しました。保育がないということは、その家庭にとって経済的困難を意味します。子どもだけにしておいて、障害のある親が働くことはできないからです。

育児のための補助機器の必要性 多くの障害のある親は、自分たちの子どもの世話をするために、特別な補助機器を使うことにより、メリットを得ています。たとえば車いすの親が使うベビーサークル。視覚障害の親が使う、点字の目盛りがついたはかり。ろうの親が使う、子どもが泣いていることを知らせるアラームなどがあります。調査を行った親の多くが、こうした機器が役に立つという話をしていました。こうした機器は、自分たちをさらに自立させてくれる。またこれらを使うことで疲れず、時間も少なくてすむ。子どもの安全についても安心した気持ちでいられます。機器を使うことによって、自分たちが感じる身体的な痛みも少なくなる。機器によるメリットは、障害の親と子どもたちにとてもよい影響があります。しかし障害の親の多くは、自分たちは実際にはその機器を持っていないといいます。「どうして使っていないんですか」と尋ねると、値段が高すぎて手がでないと言います。48%の親は、どのように手に入れるかがわからないと言いました。32%の親は、自分が欲しい機器がまだ普及していない、もしくは実際に誰も作ってくれていないと答えています。

個人的な援助サービス 多くの親からは、とくに全身性の障害の親からは子どもを食べさせたり、入浴させたり、身づくろいをさせたりする、といった日常的な活動への支援のために、介助者を利用していると回答しました。しかし米国においては、政府の政策によって、障害者が自分の介助者を子育てのために使うことはできないことになっています。母親が自分の入浴のための支援を得ることはできるが、そのサービスを赤ちゃんの入浴のために使うことはできないのです。自分自身が食べるために支援を受けるのか、子どもに食べさせるため支援を受けるのか、どちらかを選ばなければならない。多くの障害の親からの回答では、自分自身が食べること、自分自身の福利は犠牲にしてでも、子どもたちのためにしてあげているということでした。

適切でない住環境 住宅はとても高価であり、また、障害者としてアクセスできないという回答が多くありました。

不十分な交通手段 移動の問題は、一番深刻な問題です。たとえば自分たちの子どもを外出させることができないという親がいました。障害者用の別の交通移動の体系があるが、それを利用すると子どもと一緒に自分たちが外出することはできない。

人びとの態度面でのバリア 32%の障害の親は、自分たちは差別されたと回答しました。14%の親が不妊手術、断種手術を、13%の親が中絶を行うようプレッシャーを受けたと回答しています。

これまで障害の親が直面する困難について話してきました。こうした多くの困難やバリアがたくさんあり、それに直面していることを障害の親から聞きましたが、同時に、たくさんのプラスの明るい面もあるという回答がありました。障害の親から得られた肯定的な回答は、障害のない親が感じる子育ての喜びと同じ類のものです。親である喜びについて語る多くの親がいました。子どもからの愛情について多くの話がありました。子どもがいたから自分の人生が豊かなものになったことが語られました。障害の親からは自分たちの子どもは、より共感的であり、さまざまな違いをうけとめることができる力をもっている。いろいろな場面で機転がきくという回答が寄せられました。  ご紹介するのは、ある調査のなかで障害の親が言っていたことです。

「子どもたちをもつということは、私の人生のなかで大きなる祝福です。私の子どもたちが成長し、人生を楽しみ、さまざまなことをして遊び、自分自身のパーソナリティを確立していく、それを見ることは大きな喜びです。ときには子育ては非常に困難をもたらします。何かをあきらめなければならないこともあります。しかし、私の子どもが育つのを見守るという経験はすばらしいものでした。子どもをもつということは、結婚の次に私の人生でもっともすばらしい経験です。」

障害をもつ親にとっての経済的困難

センターで研究に携わっているメンバーの多くは障害者自身であるか、障害者である親であるという点を申し上げたいと思います。どの調査でもかならず出てくるテーマに、経済的な困難があります。障害のある親が障害のない親にくらべて、より多くの支出を余儀なくされています。医療費がより多くかかります。特別な補助機器にお金がかかることもあります。しかし収入は、非障害の親よりもかなり少ないのが実情です。米国の場合は障害者と非障害者を比べると、3倍くらい多くが貧困層で生活しています。18歳から64歳までの年齢層で、障害者のうち雇用されているのはわずか30%。障害のない人が80%雇用されているのとは対称的です。

聞こえない親

近年、カリフォルニアで行ったの私たちの調査研究では、圧倒的に多くのろう者である親は、子育てのニーズにこたえてくれる機関はまったくないという回答を寄せました。ろう者である親は、家族に対する支援が欠けていることを批判しました。ろう者は子育てに関する情報が、ASL(アメリカ手話)が流暢に話せる人によって提供されるように求め、ろう文化について知識をもつ人が情報提供を行うことを求めています。 全米をみると、ろう者の親たちがいちばん心配なのは、自分たちの聞こえる子どもが通っている保育園、学校と接触をする場面であると回答しています。PTAや親との会合においても、通訳が提供されることはほとんどない。ろう者である親とどう接して良いのかわからない教師ばかり。ろう者の親からよせられた結果によると、教師は自分たちの聞こえる子どもとどうコミュニケーションをとってよいのかわからない。異なる言語的・文化的背景をもっていることを多くの教師が理解していないんです。

暴力の問題

障害の親の生活のなかに、相当程度の暴力の問題があります。障害をもつ人は、全般的な人口と比較すると暴力にさらされる危険性が高いのです。暴力、障害者に対する虐待は、障害者の子どもに深刻な影響を及ぼすことがあります。

障害をもつ親をサポートする改造(育児用具などの改造)

私たちのセンターにおいて開発した機器を紹介したいと思います。歩くのに困難を感じてバランスが悪い親の場合、赤ん坊を部屋から部屋に移動させる場合、自分の歩行機に補助的装置をつける、そうすると部屋の移動が安全です。また車いすを使う親の場合、おむつを変える台を低くする必要がある。そういう機器も作りました。ろうの親の場合には、赤ん坊が泣いていることをアラームで知らせてくれる。そうするときちんと反応できるようになります。こうした機器をうまく使うことにより、けがをしてしまうことが回避できます。

障害をもつお母さんたちのうつ病

最近の研究結果では、障害のある女性は、障害のない女性に比べてうつ病になる確率が3倍から10倍はあるということです。こうしたことがおこる、もしくはうつ病を悪化させてしまう要因としては、適切なサービスが利用できないことがあげられます。障害のある女性はとくに、妊娠中、出産直後にうつ病になる確率が高くなります。こうした時期に適切なサービスが使えなかったり、サービス自体がないからです。

今、申し上げた内容は、聞いて心配になるような内容です。個人的、社会的な障壁について話しましたが、そういう問題があるにもかかわらず、多くの障害の親は子育てをきちんとしています。きちんと家庭を築けて、子どもをうまく育てられるということは、障害をもつ親の強靭さ、創造性、子どもたちへの愛情を証明するものです。

障害をもつ親の子どもについての研究

これまで行われてきた研究の多くは、障害の親に育てられた子どもには否定的な影響があるという前提がありました。一部の研究者からは、障害をもつ子どもたちは親の役割を担う危険性がある、たくさんの役割を担わされてしまうというという指摘がありました。また、一部の研究者により、行動面での問題をもつ、心理学的な問題、言語的な発達に問題がある、自分を大事にする気持ちが育たない、心理力学的な葛藤が生じる、成長も遅れる、子どもの虐待、児童保護遺棄の可能性が高くなる、ということが言われていました。これらは真実なのでしょうか?そうではありません。これまで行われてきた障害の親をもつ子どもの研究は、非常に深刻な方法論的な問題があります。

多くの研究が単一のケーススタディにもとづいて、それを過度に一般化してしまっています。一部の研究は臨床的な対象、深刻な医療的な問題、精神的、心理的な問題をもつ人だけを、研究の対象としています。また、子どもの年齢をきちんと識別していません。小さな子どもなのか、ティーンネイジャーなのかを無視している研究もあります。とくに深刻な方法論的な問題は、親の障害種別を一緒にしてしまっていて、それぞれの障害ごとに研究が行われていないという点にあります。ろう者である親、視覚障害の親、身体障害のある親、精神障害のある親、これらがみんな同じであるという前提のもとで、研究が行われてきました。さらに、多くの要因が研究においては無視されてきました。たとえば貧困、虐待、薬物乱用、うつ病、そうした要素をすべて無視して、すべての要因が「障害」にあるという研究がなされてきました。

こうした研究をみると、障害をもった子どもたちは、非常に大きなリスクをもっていると考えてしまいがちですが、新しい研究によると、平均的、もしくは平均よりもすぐれた発達、機能が、障害の親をもつ子どもにみられるという結果が出ています。新しい調査結果によると、障害の親をもつ子どもにとっての、肯定的な結果が発見されています。こうした子どもたちはさまざまな場面での対処の能力、問題解決力にすぐれている、人びとの違い、差異を受け止める力がある、こうした子どもたちは障害にかんするより積極的、肯定的な態度をとっている。こうした新たな数多くの研究は、親の障害自体がマイナスの影響をもたらさないことを示しています。子育てに問題をおこす要因は、障害をもつ親と同じ。身体的、性的虐待が家庭にあるのか、薬物の乱用、きちんとした情報やさまざまな資源、お金があるのか。そうした要素が検討される必要があります。

どのような研究がされていく必要があるのか?

従来の研究は、たくさんの欠陥をもっているし、障害に関する病理的な前提、障害のある親、障害のある親の子どもたちの成長について、誤った前提がありました。重要なのは、障害と子どもたちに関する研究が、文化に対して敏感でなければならないということです。これまでの研究の欠陥を認識しなければなりません。理解しなければならない大事な点は、よい家庭へのバリアがどこにあるのかを考えること。親の障害自体がバリアとなっているのではなく、家庭の外の社会環境こそがバリアであることを認識しなければなりません。

障害者コミュニティ、障害者自身の研究者が求めているものは、障害の文化の視点をもつこと。すなわち障害が社会的に構築された概念であることを認識することです。差異を病理的なものから切り離すこと。これからの研究は強靭さ、うまくいくような要素を、把握しなければなりません。この視点にもとづくならば、強調されるべきは、従来の障害、インペアメントではなく、スティグマ、偏見、差別、周辺化、エンパワメントをうばってしまうもの。こちらに視点を移さなければならない。研究者によって押しつけられてきたことがあるが、障害者自身の視点からの研究が重要であると思います。障害者である親、その子どもたち自身の視点に基づいていることが大事です。プラスの要素になっているところ、マイナスの要素になっているところ、その両方を理解しなければなりません。家庭がもつ力の源泉、その力をさらに促進するために、それが何なのかをさらに見極めなければなりません。

障害をもつ親とその子どもたちを研究する意味とは?

みなさんは、どうして障害のある親と子どもたちについて、研究をしなければならないのかと、不思議に思っているかもしれません。その答えをいくつか提示したいと思います。

カリフォルニアのセンターにおいては、障害者である親と子どもたちに対して、間違った考え方、誤解がたくさんあることを記録として何度もまとめてきました。多くの人は障害者を親にもつ子どもについてのたくさんの疑問をもっている。「障害者が子どもをもつことは、本当によいことなの?まともなことなの?」。「こういう人たちは親になる資格があるのか?」と問いかけられることがよくあります。「まひしてる母親が、どのように赤ん坊にごはんを食べさせたりするの?そんなことできるの?」、「目がみえない父親が子どもたちに、本を読んであげることができるの?」「耳の聞こえないろうの親が、子どもに話し方を教えたり、歌い方を教えたりできるの?」。

こうした障害の親に関する疑問というものは、本当に深刻な、現実の結果をもたらします。 米国の例ですが、裁判官は親権を、障害の親よりも障害のない親にあたえる場合が多いです。それは裁判官自身が障害のある子どもにとって、いちばんよいのは、障害の親と一緒に暮らすことではないという前提をもっているからです。障害の親から子どもを引き離してしまうという決断をする人もいます。そういった人は、障害者には子どもをきちんと育てられないと思っているからです。私たちが行った全米対象の調査では、すべての障害の親のうち15%が、自分の子どもを他のところに連れていってしまおうとする試みがあった、と答えています。

障害の親と子どもに対する調査を行うということは、先ほど申し上げた疑問に答えをだすことです。こうした子どもたちというのは、本当に問題を抱えていて危険にさらされているのでしょうか?それとも、ある種の人たちは親になる資格がないと、社会が思いこんでいるだけなのでしょうか?本当に親は子育てができない人たちなのでしょうか?また、違っている人たち、障害のある人たちのことを、社会が決して理解できないからでしょうか?もし、困難があるとしたら、何がその状況を改善するのに役に立つのでしょうか。どういう情報が、こうした家庭を助けるために役立つのでしょうか?

障害をもつ親とその思春期の子どもについての新しい全国的なプロジェクト

最後に新たな研究についてお話します。障害の親と、ティーンネイジャーの子どもたちに関する研究です。対象としたのはさまざまな障害のある親、それぞれの子どもたちです。3年ほどかかった調査ですが、ほぼ結論段階に入っています。その一部を紹介します。

最初に、障害の親と非障害の親の比較をすると、先ほどもふれましたが、経済的な困難に遭遇する可能性が高いです。2点目は、障害者が親の家庭と障害者のいない家庭の違いはほとんどないということです。以下の部分で両グループから答えを得ました。子どもたちの友人の数、ベッドに入る時間、放課後の活動、教会に行くなどの活動、家族と夕食を一緒にとる回数、どんな音楽をきくのか、宿題をきちんとしているのかをモニターすることも。全体として障害の親、非障害の親、それぞれの子どもたちは非常に類似した姿で浮かび上がりました。

もう1つの研究テーマは、親の障害種別による比較です。障害種別の違いにかかわらず、共通点がみられました。1つ相違があったのは結婚に関するものです。障害のある人との結婚の比率。91%のろう者は、他のろう者と結婚していますが、視覚障害者の場合は、35%だけが他の障害者と結婚しており、肢体障害の場合は20%が他の障害者と結婚しています。多発性硬化症の場合には14%だけが他の障害のある人と結婚しています。

多発性硬化症のある親は、いくつかの面で他のグループとの違いをきわだたせています。障害の発生の時期が遅い、疲労を感じる割合が高いなどです。職をうしなってしまう経験も高いし、家庭の収入も減る場合が多いです。視覚障害の親は一番教育を受けていました。視覚障害の親は全体として非常に健康で、親であって子育てをすることで疲れるという割合が一番少ないです。視覚障害のグループが支援機器を、こういうものが欲しいと明確に出す割合が一番高いグループです。肢体障害の親たちが一番、痛みや生活全般にわたる障害の影響を訴えています。

障害、非障害のグループでほぼ同じものが得られました。すべてのティーンネイジャーが週に16の家事をこなしていると回答しました。しかし興味深いことに、親たちは子どもたちがこなす家事は12という数字を挙げました。子どもたちのほうが親が考えているよりも、自分たちはたくさんのことをやっているというつもりです。視覚障害をもつ親の子どもが一番多く、親が学校に来て、障害について話し、先生の役割をすると答えています。視覚障害の親をもつ子どもは放課後あまり活発に外にでないという結果がでました。これは親から出されていた移動の問題もあるかもしれません。ろうの親をもつ10代の子どもたちは、ほかの子どもたちといちばん大きな違いを示しました。自分たち自身のろうの親と、ろうであること、聴覚障害について話すことが一番少なく、ろうについて話す相手は友達であるという結果が出ました。ろう者を家族にもつティーンネイジャーは、自分たちの家族は、非常に愛情が強く、自分たちを守ってくれる、支えてくれる回答する割合が他に比べて高かったです。同時に、自分たちの家庭は制限をもたされ、あまり開放的でないという回答を寄せました。

まとめ

この長年の研究に参加してくれた障害者である父親、母親に特別にお礼を申し上げたい。かれらはほんとうにすばらしい親です。参加された方たちは、ご自分たちのお子さんの世話、面倒を本当によく見られていました。私自身もわかりますが、子どもを育てるのは本当に大変な仕事です。

私たち全員には、障害の親についての教育活動を行うだけではなく、すべての親と一緒に仕事をするという責任があります。私たちが一緒に仕事をしなければならない対象は、障害をもつ親、障害でない親の両方です。私たちには子どもを愛するすべての親を守る責任があります。自分自身の言葉で、方法で、子どもたちを育てていこう、そう願っているすべての親たちを守る責任があります。

みなさま全員に、今日お招きいただいたこと、お話する機会をいただいたことに感謝します。さまざまな分野からいらっしゃっていると思いますが、子育てについてもとりくんでいただきたいと思います。障害の親とその子どもたちについての対話を継続できればと思います。そしてみなさまの、日本障害学会の前途の幸福を祈っています。

質疑応答

司会:興味深い講演をありがとうございました。障害学というのは、「障害」を尊重して学問をしていく分野だと思います。プレストンさんがろうであるご両親をもち、社会からの偏見とむきあって、現状を研究されているのは、ほんとうにすばらしいと思います。質問を受け付けます。

質問者:2つ質問があります。1つは暴力についてです。暴力というのはドメスティック・バイオレンスを意味しているのか?それとももっと広い意味でしょうか?2つめは母親たちの「うつ」について。この原因等について、プレストンさんのご意見や推測があれば教えてください。

プレストン:暴力について。障害者に対する暴力は、そうでない人に対するよりも広範にみられる。伝統的な家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス)のようなものもあるし、町のなかで障害者に対して加えられる暴力もあります。非障害者に対しては行われないような暴力もある。障害者に対する支援を行っている配偶者やパートナーが、意図的に支援をとめてしまうということも聞きました。とりわけ介助者を利用している親にとっては重要な問題です。多くの障害のある親からは、自分たちの介助者がこわいという声が聞かれました。介助者が残酷なことをする、必要なときに食事をさせてくれないといったことも報告されました。  2つめについては、まだわかっていないというのが簡単な回答です。把握している範囲では、障害のある母親に対する人的サポート、情報面でのサポート、介助の欠如が問題になっていると思います。この問題については、今まさに調査研究を行っているところです。

質問者:考えさせられる内容でした。先日アメリカで、同性愛のろうの夫婦が人口授精で子どもをつくろうとしたが、耳の聞こえない子どもが欲しいということで、健常者ではなくろうの人からの精子の提供を受けたという話を聞きました。望みどおり、耳の聞こえない子どもだったそうです。「耳の聞こえない子どもがほしい」理由は、「同じ文化を共有できる。耳が聞こえなくても、不利なことはない」と。なるほどと思いました。賛否両論が寄せられたらしいですが、あえて自分と同じ障害をもつ子どもをほしいという考え方について、プレストンさんの感想を聞かせていただきたいと思います。

プレストン:そのケースについてはよく知っています。今日話をしたのは、親が障害者で子どもが障害者ではないという場合でした。けれども障害の親が障害の子どもをもつことを見過ごすというわけではありません。ときには遺伝の場合もありますし、ときには選択、養子縁組の場合もあります。実際によく障害の子どもをもつ親から聞かれるのは、「私たちが一番のお手本なんだ」。車いすの女性が、「私は自分の娘に伝えられることは、たくましくあること。人間であることが大事だと思えること。世界を相手にいっしょに戦えるんだ」とおっしゃっていました。 私たちのセンターでは、障害のある親に対して、ある特定の判断を下すということはしません。私たちが行うのはできるだけよい情報を伝え、さまざまなサポートをすること。これが義務だと考えています。それは障害のない人と同様で、障害のある親も自分自身の選択を行うことができるようになります。 ご質問には2つの答えができると思います。ろうの親も、障害の親がよく言うのは「自分たちと同じ子どもだったら楽だね」ということ。しかし同時に、障害をもっていない子どもであれば、自分たち以外の世界に触れることにより、世界がいっそう豊かになってきたということも聞きます。肝心なのは、ある障害のお父さんが言われましたが、子育ては障害者であってもなくても非常にたいへんなことだ、ということです。

質問者:簡単な質問を。講演のなかで8つの主な調査結果の話とありましたが、レジュメでは8つ以上あるようですが?

プレストン:当初は8つだったんですが、それから数を増やしました。申し訳ありません。

質問者:私は障害をもつ親であり、子どもも障害をもっています。58の時に障害をえて、今59です。58まで高校の教師をしていましたが病気でやめさせられました。今は障害年金をもらっています。アメリカも財政問題が深刻な問題であるということを聞いたが、私も1/5の収入しか得ていません。アメリカの場合、年金額はどのくらいなのか。州ごとに違うと思うが一番高いのはどの州なのか?世界的にみると障害年金はどうなのか?

プレストン:世界的な年金にかんする状況については、私は存じ上げません。州ごとにも制度は異なっています。ドルでいうと誤解が生じるかもしれません。理由は2つあります。1つは障害者の場合に、収入を単純に非障害者とくらべることは難しいです。同じだけの収入があった場合、支出の部分で障害者の方が多くなることがあります。障害のある親の収入だけをみるのは不充分であるということです。なぜなら特別な支出をさっぴかなければならないからです。とくべつなバンを買ったり、車いすの修理にお金がかかったりするかもしれません。こうした支出の項目も、障害者の収入から引かれなければならないのですが、きちんとした数字がでてきていません。今新しい研究に取り組んでいます。 障害のある親にとってのいちばんよいサービス提供があるのは、アイダホ州だと思います。私たちはアイダホ州と協力して、障害者である親を守る新たな法律をつくることができました。アイダホ州はこの法律によって、障害のある親に対する差別を禁じた最初の州になりました。カリフォルニア州でも、新しい法律が成立したばかりです。これは障害のある親が自分自身や子どものために特別な機器を買うことを可能にする法律です。しかし、カリフォルニア州には、機器のためにあてられるべき予算はありません。法律はあるが予算がないというのが現状です。

質問者:本日はすばらしい講演をありがとうございました。一つだけ質問を。障害のある親に対するエンパワメントについて。障害のある親のなかには、自分の障害をあまり肯定的にとらえられない人もいます。途中で障害をもった人などが含まれるかもしれません。そのような親に対して、どのようにエンパワメントをするか、どのような戦略をとっているか、お聞かせいただければと思います。

プレストン:私たちは、親と親のネットワークというのをつくっています。あたらしく親になった人たちと、ベテランの親とを組(ペア)にする、ということをしています。リーダー的指導者的な立場にたって教える先輩という役割をつくるわけです。そういった親たちは、子育ての経験がある方たちですね。自分自身に対する肯定的なアイデンティティが確立されています。相した方、一種のベテランの親の方が、ボランティアとして新しく親になった方たちに対して障害や子育てについて話をします。 これは、私達の親のネットワークを宣伝しているポスターです。お母さんがろう者で、赤ん坊に手話で話しかけている写真があります。その下の写真は視覚障害、盲のカップルが赤ん坊を抱いている姿。もう1枚は車いすに乗っている母親が夫と子どもたち、1人の子どもをひざの上にかかえている写真です。また、片足の祖父が、自分の孫を松葉杖をつきながら抱きかかえています。ポスターの目的は、親のネットワークをより多くの方に知ってもらうことです。私たちはデータベースを築いており、障害種別、どういったことに関心があるのかといったことをデータベース化しています。ピアとピア、同じ立場で1対1の関係での情報伝達がもっとも効果的であると思います。こうしたやり方によって、あらたに親になった人の肯定的なアイデンティティの形成が行えます。 今日の話に含めなかったのですが、お話したかったことは「両親の孤立」です。多くの障害の親は、他の障害をもつ親を全く知らないといことがあります。そうした場合には子育てをどうしたらよいのかを話し合う相手がいません。私たちの経験では親のネットワークは、非常に強力な働きをします。

司会:ありがとうございました。長時間にわたる講演、質問をありがとうございました。今日の日米通訳をしてくださった長瀬さん、PC通訳をしてくれた方々に感謝します。これをもちまして終わりたいと思います。今後とも障害学会にご協力くださいますよう、お願いいたします。みなさま、お気をつけてお帰りください。

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